‥‥‥‥‥‥‥yami-3
奪われたものが、片鱗を表す。 それは、なにを齎らすために?
KINGDAM 〜宵闇の章3〜
日本は興味深い。 島国という立地、長い鎖国という歴史的背景を得て、独特の文化を築き上げている。その国に、試験的に支部を作るという計画を聞いて、ジーンはすぐに名乗りを上げた。 日系であること、日本語が話せることだけではなく、いままでの実績から、自分が選ばれることは分かっていた。だが、決まったメンバーを見て、ジーンは、自分があまり信用されていないことを知った。 所長はまどか。 メカニックにリン。 どちらも家族ぐるみで付き合いのある二人だった。彼らは上司と同僚であると共に、監視者だ。両親に頼まれたのだろう、とは簡単に推測できた。 日本は、ジーンには近くて遠くて、焦がれて、忌むべき土地だ。 生まれたのは、日本。 幼少期を過ごしたのはアメリカ。 養父母に引き取られてからはイギリス。 そして、引き取られて一年目、たまたま日本に立ち寄る機会のあった養父母に連れられて、半身と一緒に、日本に訪れた‥‥‥。 なにもかもが物珍しかったことを覚えている。 はしゃいで軽く熱を出したことも。 『‥‥‥まったく。少しは大人しくして居られないのか』 呆れた視線を向けながらも、半身が付き添ってくれていたことも覚えている。 両親の居ないホテルの一室、ひやりと冷たいタオルの感触まで、しっかりと覚えている。 でも、それから先が、本当に現実であったかどうかは‥‥‥。 いまも、自信が持てない。 目を閉じて、その時のことを思い出せば、腕が浮かぶ。 熱で朦朧とした視界に、腕。 白い腕が、見えた。 それは、手招くようにして、宙に浮かんでいた。 そういったものが見えることはいつものことだったが、それはなんだか違う気がした。気持ちを抱えてこの世に残った者ではない、と感覚だけで理解する。 なんだろう、と思うより先に、それは、近づいて‥‥‥。 警告を発する間もなく、片割れを掴んだ。 『ナル!』 飛び起きて、片割れの腕をかろうじて、掴む。 だが、白い腕の力はあまりに強くて、子供の力では、到底勝ち目がなかった。 それでも放すものか、と思った途端に、 『ジーン、放せ。おまえまで連れていかれる』 抑揚のない声が響いて、どん、と胸を蹴られた。 寝台の上にひっくり返って、慌てて飛び起きた時には、片割れはもうどこにも居なかった。どれだけ探しても見付からなかった。 二人の間に繋がっていた特別な回線も塞がれて、片割れは消えた。 けれど、ジーンは諦めていない。 諦めない、と決めている。 だから、この道を進むことを決めた。 その為ならば努力も惜しまない。 なのに、どうして、たった一言を問いかけることができないのだろうか。 目前には、崩れ掛けている木造の建物がある。 調査の結果、地盤沈下の恐れがあると判明した。 元々、ジーンにはなにも居ない、と分かっていたが、証言とデーターは違う。 どれだけの実績を積もうとも、霊媒の一言より、誰の目にも確かなデーターの方が、安堵感を齎らす。 揃えたデーターを受け取った依頼人は、満足していたようだ。 つまり、調査はまもなく終わる。 それは、彼女と会えなくなるということだ。 (‥‥‥聞くことを恐れるのはなぜだろう?) 己の中へと問いかける。 いつもいつも聞こうと思うのに、言葉が出てこない。なんだかんだと手伝ってくれる少女の明るい笑顔を見ると、聞いてはいけない気がして‥‥‥どうしても聞けない。 (‥‥‥分からない) だが、今日は、今日こそは、聞かなくてはいけない。否定されて、絶望を味わうことになろうとも。 (‥‥‥僕はなにが怖いんだろうか) 迷い惑うジーンの耳に、チャイムの音が届いた。 授業が終わったのだ。 麻衣は、今日も、ここに来るに違いない。
「‥‥‥ジーン」 呼ばれて振り返ると、彼女ではなく、なんだか怒った顔のまどかが立っている。 「ちょっと話があるんだけど」 「なに?」 「‥‥‥リンにあなたが麻衣ちゃんに構う理由を聞いたわ。行方不明のお兄さんと関わり合いがあるかもしれないと疑って、それを聞き出すためだけに近づいたそうね」 なにを言われるのかは、なんとなく分かっていた。自分でも、卑怯だと分かっていたから。 「麻衣ちゃんの優しさに付け込むような真似はやめなさい」 優しさは弱さと同じ。 そう分かっていながら、同じ境遇を味わったことのある過去、優しい笑顔、特別扱いする素振りで、ジーンは麻衣の中に入り込んだ。 逃がさないように、からめ取っている。 勘違いさせる、と分かっていて。 「‥‥‥分かってる」 「分かってるなら、きっちりと話をしなさい」 「うん。‥‥‥いつだって、そのつもりだよ。でも、怖くて、聞けないんだ。なにが怖いのかは良く分からない‥‥‥僕と同じ顔をした人を知っているか、と聞くだけなのに‥‥‥」 ジーンは、まどかの後ろに視線を向けた。 そこで立ち尽くしている少女を見て、胸が傷んだ。いますぐに違うよ、と言い訳したい衝動に駆られる。 けれど、これは、事実だから。 「知らない、と言われて‥‥‥希望が断たれることが怖いのかもしれない」 まどかはジーンの視線が逸れていることに気が付いて、後ろを振り返った。 そして、真っ青な顔をしている少女を見付けて、息を呑んだ。 「‥‥‥変だと思ったんだ」 少女は、くしゃり、と顔を歪めた。 笑っているような泣いているような、形容しがたい表情を浮かべる。 「‥‥‥どうして、私なんかを特別扱いしてくれるのかなって‥‥‥不思議だった。同情かな、と思ってたけど、違ったんだね」 「‥‥‥ごめん」 少女は、ジーンを真っ直ぐに見た。 「会いたい?」 いまにも糸が切れてしまいそうなほどに張りつめた問いかけに、ジーンは頷いた。頷いてはいけない、とどこかで分かっていたのに。 けれど、会いたい。 取り戻したい。 どうしても。 「‥‥‥会いたい。どうしても会いたいんだ」
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