‥‥‥‥‥‥‥yami-2
求めていたものが、差し出される。 それは、罠?
KINGDAM 〜宵闇の章2〜
いまにも倒れそうな木造の建物を見上げて、麻衣は、吐息を吐き出す。 どうしてこんな所に居るのだろうか、といまさらながらのことを思う。グラウンドに人影はなく、校内は静まり返っている。 当然だ。 いまは授業中なのだから。 そして、麻衣は、早退して帰る途中‥‥‥。 本来なら、まっすぐに、帰らなくてはいけない。 なのに、どうしてか、ここに来ていた。 瓦屋根は歪み、窓硝子は割れ、建物の半分がない旧校舎は、見れば見るほど嫌な感じがする。本当かどうか分からない噂話が、脳裏に甦る。 なのに、どうして、こんな所に居るのだろうか。 不思議だが、不思議ではない。 あの黒い人影を、探しに来てしまったのだと分かっている。 あり得るはずのない幻影を求めるほど子供じゃない。荒唐無稽な夢を信じるほど、馬鹿じゃない。夢に溺れるなんて、愚かだ、と分かっているのに。なのに、 (‥‥‥痛い) 居ない、居るはずがない、と思うと胸が痛む。
------------ああ。
こうやって、少しずつ、壊れていくのかもしれない。何度も自分に言い聞かせた呪文も、もう効かない。 大丈夫。 私は大丈夫。 そう胸の内で呟いて、優しい人たちを思い出せば、元気になれたのに。 いまは、胸の奥が凍り付いている。 波立つこともない。
「‥‥‥どうしたの?」
不意に、柔らかな声が、背後から掛かる。 低い柔らかな声は、聞き覚えがないのに、知っている、と思った。 ------彼だ。 瞬時にそう確信して振り返り、麻衣は目を見開いた。そこには、柔らかな笑みを浮かべる綺麗な綺麗な少年が立っていた。
※
「‥‥‥どうして、こんな所に、居るの?」 震える細い声を、ユージンは聞き逃さなかった。 だが、少女が、言ってはいけないことを言った、と表情で語ったので、聞かなかった振りをする。そうしなければ、少女は、逃げてしまっただろうから。 「ごめん、聞こえなかった。なにか言った?‥‥‥ええと、君は、ここの生徒だね。いま、授業中じゃないかな?」 咎めるつもりはないので、付け足す。 「こんな所に居たら、先生に見付かるよ。こっちにおいで」 手招きする時、とびっきりの笑顔を浮かべる。 少女は戸惑っているようだった。 当然だろう。 「いまから、遅いお昼ご飯なんだ。可愛い子がお茶に付き合ってくれると、食が進むと思うんだ。付き合ってくれたら、エスケープしたことは黙っていてあげるよ」 おいでおいで、と手招きする。 少女は困惑しつつも付いてきた。 けれど、瞳が、警戒しているぞ、と告げる。 珍しいな、と思った。 大抵の人間は見目形ですぐに騙されてしまうのに、と。それとも、彼女は、彼を本当に知っているのだろうか。だから、同じ顔の、違う人間を警戒しているのか。 彼女に出会った瞬間に感じた、あの感触は、本当だと言うのだろうか。 (‥‥‥どこに居るんだい?) どこか怯えている少女とたわいのない会話を交わしながら、ユージーンは意識を広げる。けれど、どこにも、彼の痕跡がない。 彼とユージーンの間に繋がれた特別の回線は、塞がったままだ。 (‥‥‥ナル、生きているなら、応えてよ) 幼い頃に奪われた掛け替えのない半身に、ジーンは訴える。 けれど、やはり、応えはなかった。 だが、手がかりがないと言うわけではない。 ほんの微かな希望のようなものだが、希望があるだけましだ。 いままで、何一つ掴めなかった長い年月を振り返れば、心が浮き立つことを抑えられない。 「え、じゃあ、麻衣ちゃんは、早退する途中なんだ?」 「‥‥‥うん」 彼の気配を微かに纏った少女は、気まずそうに頷いた。 「具合が悪いのに、こんな所に来たら駄目だよ。それより、一人で大丈夫なの?」 「‥‥‥うん」 「顔色悪いし、誰か、迎えに来て貰った方がいいよ」 少女は、微かに、瞳を揺らした。 「‥‥‥平気。一人で帰れるから」 静かな声に、有無を言わせないなにかがあった。 言ってはいけないことを言ったような気がして、ユージーンは黙った。 けれど、放ってはおけない。 どんな些細なミスも、二度と、繰り返したくはない。 「僕が送ってあげるよ」 「‥‥‥え?」 「大丈夫。いまは、暇だから〜」 遠慮する少女を、満面の笑みでユージーンは押し切った。 そして、帰り道、彼女が昔のユージーンと同じ境遇であることを知った。
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