‥‥‥‥‥‥‥yami-4
心の内に秘めた望みを声に出すことはしない。 望むこともしない、と決めていた。 それでも夢見ることをやめられない愚かさが、生きている証なのか。
KINGDAM 〜宵闇の章4〜
「‥‥‥会いたい。どうしても、会いたいんだ」 絞り出すように吐き出された願いを聞きながら、麻衣は、なにも感じない自分を知って驚いていた。 優しくて綺麗な人が、特別扱いしてくれるのは嬉しかった。夢を見ているような気がした。 でも、心の内では、いつも疑っていた。 期待してはいけない、と思っていた。 同じ境遇に居たことがあるから、きっと、同情しているだけだと思っていた。 それでも、時間を見付けては、ここに通ったのは、嬉しかったから。分かっていて、夢を見たいと思ってしまったから。 だって、彼は、彼と同じ顔をしていたから。 夢で出会った彼と同じ顔だったから。 だから‥‥‥。
「‥‥‥夢だと思ってたんだ。いまもね、夢かもしれないと疑っている。でもね、ジーンに会う前に、ジーンとそっくりな顔をした人に会ったよ。ジーンより髪が長くて、ちょっと変わった格好をしていたけど‥‥‥会ったよ」 「な、名前は?」 「言わなかったよ。でもね、もしも、その気があるのなら、呼べと言われたよ。なんかね、良く分からないけど、私にしかできない務めがあるんだって。でもね、それを引き受けると、二度と帰れないから、良く考えて決めろって言われたの。頼み事をしている割には、態度がでかくて‥‥‥ふふ、変だね。あんなに偉そうなのに、私の方が偉いんだって‥‥‥‥‥‥」 麻衣は、楽しげに笑った。 どこか壊れた笑い方だった。 「夢じゃなかったんだね」 麻衣は、困惑するジーンに、晴れやかな笑みを向ける。 「私も、ずっと、聞きたかった。ジーンと同じ顔をした人なんか居るわけないって思ったし、あまりにも都合が良すぎるもの。でもね、本当なら、凄く、凄く、嬉しい。だから、呼ぶよ。会わせてあげる。来てくれるかな」 うっとりと茜色に染まった空を見上げて、麻衣は囁くように呟く。 「‥‥‥迎えに来て」 聞いた者に痛みを伝えるような声が、響いた途端、風が、吹いた。 強い、強い、風が。
「‥‥‥愚かな女だ」
そして、少女の隣りに、彼が立っていた。 瞬きの合間に、どこから現れたのか、真っ黒な、国籍の分からぬ衣服に身を包んだジーンと同じ顔をした彼が。 「‥‥‥うわぁ、本当に来た」 嬉しげに笑う少女を見下ろす視線は、冷ややかだった。 「後悔するぞ。王になることは容易いことではない」 「難しいことは良くわかんない」 「‥‥‥」 「でも、ずっと一緒に居てくれるんだよね?」 「‥‥‥ああ。不本意だが、そう決められている」 麻衣は、嬉しそうに笑った。 そして、広げられた腕の中に、当たり前のように飛び込む。 「それって、凄いよね。神様が決めたことなんだよね。家族よりもずうっとずうっと強い絆だよね」 黒衣の彼は返事をしない。 ただ、深い吐息を吐き出す。 「頑張るよ、私。だから、ずうっっっと側にいてね」 「‥‥‥仰せのままに」 吐息のような声で応えて、彼は、視線を、ようやく、ジーン達に向けた。 惚けて一歩も動けない者たちに。
「ナル‥‥‥ナルだよね?」 「ああ。そうだ。久しぶりだな、ジーン」 「本当に久しぶり過ぎるよ‥‥‥いままで、一体、どこに‥‥‥」 問いかけようとして、ジーンは動きを止めた。 突如として、あの、回線が、塞がれていたはずの回線が広がったのだ。 二人の間でだけ通じる、すべてを伝える回線が。 「‥‥‥っっ」 情報量の多さに、ジーンは頭痛を覚えた。 いや、内容の異様さに、頭痛を感じたのかもしれない。そして、すべてを受け取った後、静かな、声が、響いた。 「‥‥‥忘れろ。元々存在しない者だ」 「嘘だ」 「僕も麻衣も、本来ならば、あちらに産まれるはずだった。こちらに居たのは手違いだ。それだけのことだ」 「違う」 「‥‥‥どうすることもできないことだ」 それは、絶望の滲む声だった。 ジーンは唇を噛みしめる。 「僕はどちらでも良かった。麻衣が、おまえを選んでこちらに残るなら、それはそれで良かったんだ。あちらに行けば、逃げることのできない責務を押しつけられるだけだからな‥‥‥」 それは、彼自身のことでもある。 自尊心の高い彼が、どんな思いで責務とやらを受け止めたのか、ジーンは、もう、知っている。
------------麒麟。
片割れは、探して探してようやく見付けた片割れは、人間ではなかったのだ。 麒麟という名の、天意を具現する為に存在する、神獣。そんな馬鹿な、と否定することは、彼を否定することだ。 (‥‥‥どうして‥‥‥) どうしてそんな酷いことが、とジーンは思う。 彼がどんな性格をしているのか、ジーンは良く知っている。彼ほどに、麒麟に向いていない者は居ないだろう。 麒麟は王を選ぶ。 仕える為に、尽くすために。 それがどれほど無能な王であっても。 麒麟は天意を伝える。 王が道を喪えばその身で、伝える。 そして、王を道連れに、死ぬ。 すべてが、決められ、定められている。 それが、麒麟という生き物。 己の意志で己の道を切り開くことなどできるはずもない。王が居なくては、長く、生きることもできないのだ。 『‥‥‥僕はどちらでも良かった‥‥‥』 それは、死んでもかまわなかった、と言っていると同じ事だ。無理矢理押しつけられた責務、決められた未来に、ようやく見付けた片割れは、憎しみさえ抱いている。 それでも、王に呼ばれれば逆らえないのは。 それでも、王の側でずっと待っていたのは。 そういう生き物だから、喜びには逆らえないように作られているからなのだ。 そこに意志は、想いは、あるのだろうか。 与えられる喜びは、植え付けられた本能なのか。 それさえも定かではなく、考えても答えはない。 答えを得ても、どうすることもできない。 そういう生き物なのだから‥‥‥。
ジーンは、堪えられず、膝をついた。 そして、顔を片手で覆った。 「‥‥‥酷いよ。そんなの酷すぎるよ‥‥‥」 ようやく見付けた片割れは、天意によって傷つけられていた。 取り戻すことはできない。それは殺してしまうことだから。 そして、彼女も、奪われるのだ。 あちらに。 天意に。 運命に。
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