‥‥‥‥‥‥‥yami-6

 

 目覚めれば、ただ、日常が繰り返されるだけ。

 願い叶う可能性の欠片もない、日々が。

 ‥‥‥そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

KINGDAM 〜宵闇の章6〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごく自然に、目が覚めた。

 体中になにか暖かなものが詰まっている気がする。でも、なぜだろうと考える前に、問題がある。

「‥‥‥‥‥‥」

 麻衣は、周囲を見回して、絶句した。

 麻衣が眠っていた場所は、広い広い寝台の上。

 鮮やかな色彩に彩られて、いかにも高そうな、としか麻衣には表現できない。

 ここ、なに、なんなの、と喚かなかったのは、喚くこともできないほどに驚いていたからだ。

「‥‥‥やっと、起きたのか」

 ひやりと冷たい声に振り返れば、ついこの間知り合ったばかりの人が立っていた。でも、なんだか、違う気がする。けれど、その綺麗な顔は見間違えるはずもない。

「ジーン?」

 問いかければ、途端に、鋭い眼差しで射抜かれた。

「ご自分の半身をお忘れか?」

 怜悧な声に、記憶が刺激されて、甦る。

 ああ、そうか、と納得する。

「‥‥‥夢かと思った」

 そう思うほどに、すべてが、現実離れしていた。

 王になるということも。

 ここが、蓬山という名の場所で、日本どころか、麻衣の知る世界とはまったく違う場所だということも。

 そして、目の前に佇む人が、自分の半身だということも。

「‥‥‥夢じゃないよね」

 甘えるように手を差し伸べれば、吐息を吐き出しつつ起き上がるのを手伝ってくれる人にしがみついて、麻衣は、安堵の吐息を吐き出した。

 

 

     ※

 

 

------------向いていない。

 それが、見付けてしまった主に対しての彼の第一印象だった。

 しばらく観察して、確信した。

 彼女は、王には、まったく、向いていない。

 人として優れているかどうかは問題ではない。

 彼女は周囲の人間に好かれているようだが、それも、問題ではない。

 むしろ、好かれる要因である優しさは、荒れ果てた国土を建て直すには、不必要なものかもしれない。

 その考えは、いまも、変わりはない。

 子供のように縋り付く主の姿に、ますます確信を深めた。

 彼女は、玉座に押し潰されるだろう。

 彼女らしい優しさは、狡猾で悪辣な者たちとの摩擦によって、否応なく歪められてしまうだろう。

(‥‥‥愚かな女だ)

 彼女の幸せを考えるのならば、あのまま、あちらに置いておくべきだった。

 彼女を大切にしている者たちが大勢居るあの場所に。だが、彼女の声を聞いた途端、喜びを感じたのも事実。

 そして、いまも、喜びが胸に満ちる。

 主が側にいる。

 主が縋るのは己だけだと思えば‥‥‥。

 喜びで背筋が震えるのを止められない。

(‥‥‥愚かな女だ)

 彼女が抱える寂しさを、利用した自覚はある。

 確かな絆を求めていた彼女に、差し出したのは、血より濃く強い絆。

 半身という名の、罠。

 それを得るために彼女が支払ったのは、人として、女性として得たであろうささやかな幸せのすべてだ。

(‥‥‥愚かな女だ)

 いつか彼女は後悔するだろう。

 選んだ彼を罵るかもしれない。

『‥‥‥諦めないでよ』

 脳裏に甦るのは、かつての片割れの泣きそうな声だ。彼の諦めも絶望もすべて知って、それでも、と嘘のつけないラインを辿って届いた声だ。

 彼女が王に向いていないことも分かっているだろうに、それでも、それでも、諦めずに幸せになれ、努力を怠るな、と。

『‥‥‥麻衣は、確かに、向いてないと思うよ。ならば、唆したナルが、補えばいいんだ。ナルは、どうすれば良いか分かってるんだから』

 率直に認めれば、目から鱗が落ちた気分だった。

 ああ、なるほど、と。

 確かに、彼女は王には向いていない。

 だが、同時に、自分も麒麟には向いていないのだ。ならば、やはり、彼女は、己の半身なのだ。

 王と麒麟は一対。

 共に在って國のために尽くすのが定め。

 ならば、役割が多少普通と違っても、構わないだろう。そう割り切った途端、目の前が開けていく気がした。

 彼女を見付けて向いていないと悟った時、憂鬱な気分になった。

 それは、能力のない愚かな者に仕えるのが嫌なのだと思っていたが、実際は、違ったようだ。永く生きることに興味などなかった。いまも、あまり、興味はない。それでも、彼女を、天意とやらに巻き込み壊すことは嫌なのだ。

 つまりは、それは、共に、生きていたいということだ。幸せになってほしい‥‥‥そういうことなのだろう。

 そういうことにしておこう‥‥‥。

「‥‥‥あの、あのね、聞きたいことがあるんだけど」

 腕の中から戸惑いがちな声が響く。

 視線で続きを促せば、顔が真っ赤に染まる。

「‥‥‥あの‥‥‥名前、まだ、聞いてないよ」

 ああ、そうか、と気づいて、どちらを名乗るべきか迷う。

 だが、迷ったのは一瞬だった。

 彼女に呼んで貰いたい名は、決まっている。

 だから、彼は、王に向いていない大切な王の耳元で、囁くように、己の名前を告げた。

 

 これから先、できうる限り永く、柔らかな声音が呼び続けることを祈りながら‥‥‥‥‥‥。

 

 

      

  

 

 

   

   

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