‥‥‥‥‥‥‥yami-1

 

 

 

 

 彼は、ようやく、光を見付けた。

 長いこと求めていた光を。

 だが、それを本当に欲していたのかと問われれば、否。

 彼の中には、破滅を望む闇が巣くっていた。

 それを生み出したのは、運命。

 あらがうことのできない、天意というもの。

 つまり、彼は、世界を、憎んでいた。

 彼を照らす光ごと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KINGDAM 〜宵闇の章〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、少女は、いつもと変わらぬ日常を繰り返していた。母親が死んでから、繰り返されている日常を。

 時折、不意に、あらがうこともできずに襲いかかる、わけもなく叫びたくなる衝動を、無視して。

 ただ、繰り返す。

 それ以外、どうしようもないから、気づかない振りをする。

 求めて手に入るものならば、努力することもできる。だが、少女が求めてやまないものは、決して取り戻すことのできないものだ。

 代わりのものはある。

 けれど、それは代わりであって、本物ではない。

 そして、代わりを嬉しく思わないわけではないのだ。さらには、そういった思いをしているのは自分だけではない。

(‥‥‥だから、大丈夫)

 自分だけが辛いわけじゃない。

 耐えている人は、あまりに多い。

 恵まれている方だと、思うこともある。

 たとえ両親が居なくとも、飢えることはない。

 気遣ってくれる人たちもいる。

 だから、大丈夫。

 大丈夫、と言い聞かせて、言い聞かせていることにも気づかないようにして、薄氷を踏むようにして、日々を繰り返す。

 そして、誰も居ない部屋に戻って、痛い沈黙の中で、眠る。

 夢は、時折、目覚めることを拒絶させるほどの甘さを孕むこともあるので、好きではなかったが‥‥‥眠らなくては、人は、生きていけない。

 少女は、眼を閉じた。

 見つめる視線に気が付くこともなく。

 そして、夢を見た。

 ‥‥‥‥‥‥真っ黒な夢を。

 

 

     ※

 

 

「おはよー」

「おはよー」

 挨拶を返した麻衣を見て、恵子は眉をしかめた。

 顔色が悪い。

 とりあえず笑っているが、いまにも倒れそうだ。

「‥‥‥どうしたの?」

「え、なにが?」

「無茶苦茶顔色悪いよ」

「え?‥‥‥そうかな?」

「悪いなんてもんじゃないよ。夜更かしでもしたの?」

「‥‥‥そんなことはないけど‥‥‥」

 色素の薄い瞳が、不意に、揺れた。

 どこかを見ているような見ていないような不思議な眼差しだ。

「‥‥‥夢を見たの」

「夢?」

「うん。凄く変な夢」

「どんな?」

「‥‥‥内緒。だって、絶対に、笑うから」

 麻衣は、笑って、そう言った。

 その笑みに、恵子は、なんとも言えない気持ちを噛みしめる。

(‥‥‥そんな顔しないで)

 そんなこと言えるわけがないけど、そう思う。

 無理して笑わなくていいから、そう言いたい。

 でも、結局、言えないまま、いつものように一日は始まった。

 

「ねえねえ、旧校舎の話、聞いた?」

 お昼休み、目をきらきらさせて話し出すミチルの話をおざなりに聞きつつ、恵子の視線は麻衣に向かう。相変わらず顔色が悪い。だいぶましになってはいるが、いつもよりずっと口数が少なくて、元気がない。

 そのことに誰もが気が付いている。

 だからこそ、ミチルはいつもより明るい声で話している。

(‥‥‥心配なんだよ、みんな)

 でも、心配すればするほど麻衣は無理をするから、顔には出さないだけ。

「なんかね、とうとう、霊能者を呼んだらしいよ。それも複数」

「数が多ければいいってもんでもないでしょうに」

「まあね。でね、派手でにぎやかなんだって」

「‥‥‥それ霊能者としてどうよ」

「溺れる狸は藁をも掴む‥‥‥ってやつじゃない?」

 狸に似ている校長を思い出して、笑いがこぼれる。

 麻衣も笑っている。

 くすくすと楽しそうに。

(‥‥‥大丈夫そう)

 良かった、と恵子はそっと息を吐く。

 視線を上げれば、片目をウィンクしているミチルと目が合う。

(お互い、頑固者の親友を持つと苦労するね)

(仕方ないよ。それが麻衣だもん)

  

 

     ※

 

 

 旧校舎の話で盛り上がる友達を眺めながら、麻衣は、ぼんやり、と昨夜の夢を思い出していた。

 夢は好きではない。

 夢見ることと夢に溺れることは、麻衣には許されないことだ。常に目の前には現実が在り、逃げることはできない。

 前向きに、前向きに、ただ歩き続けるしかない。

 逃げ込む場所などどこにもないのだから。

 なのに、どうして、あんな突拍子もない夢を見たのだろうか。

(‥‥‥謎だ)

 どうせ見るのならもっと柔らかな夢に溺れたい。

 なのに、昨晩の夢は、突拍子がないのに、やけに鮮明で、しかも眠ったはずなのに眠った気がしない。頭の芯がふらふらして、視界がぐらぐらして、思考がぐちゃぐちゃだ。

 恵子たちが心配しているのが分かる。

 心配なんてさせたくない。

 でも、夢の内容は、恥ずかしくてとてもとても話せない。

 馬鹿笑いされるに決まっているのだ。

 それとも、もっと心配させてしまうだろうか。

 そんなに辛いのか、と哀しい目をさせてしまうのは嫌だ。

 逃げたいほど、いまが、嫌いなわけじゃない。

 それは、本当なのだ。

 ただ、時折、制御の効かないなにかが溢れることはあるけれど。

 でも、いまも、この場所も、とても大切なのだ。

 だから‥‥‥‥‥‥。

(‥‥‥駄目)

 それ以上考えることを拒絶して、麻衣は、外を見やる。

 窓硝子越し、グラウンドの向こう側には、噂の旧校舎が見える。

 そこに、黒い人影が、ある。

 

------------どくん。

 

 心臓が、跳ねた。

(‥‥‥だめ)

 怖い。

 痛い。

 苦しい。 

 やめて。

 暴かないで。

 放って置いて。

 お願いだから。

 

------------どくん。

 

 黒い人影から視線を外せない。

 怖いのに、逃げ出したいのに。

 どうしても‥‥‥。

 

「‥‥‥麻衣?‥‥‥麻衣っっ!」

 

 優しい友人たちの声を聞きながら、麻衣は、闇に意識を委ねた。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥next ‥‥menu