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--------ちょっと失敗したわね。

 華やかなパーティ会場のほぼ真ん中で、主催者と笑顔で会話しながら、綾子は、行儀悪く舌打ちしたい気分で一杯だった。

 主催者は、悪くはない。

 前回の調査の依頼人でもある主催者は、少しとっつきにくいが、気配りのできる穏やかな良い人である。凄腕で評判の富豪なのだが、綾子たちにとっては、気の良いおじさまである。それはいいのだ。

 問題は、にこにこしているが人の選り好みが激しい人が、綾子たちを大変気に入っていることだろう。なんというか、向ける笑顔が違うのだ。特に、麻衣に関しては、可愛い娘を見ているような眼差しを向けていて‥‥‥。

 そのせいで、思い切り、他の招待客たちの、注目を集めてしまったのだ。

 そうなったら、身元がそこそこばれている綾子はともかく、新参者の麻衣たちに、興味が集中して、品定めが始まるのは当然のことで‥‥‥。

 麻衣たちの周囲には、常に、人がたかるような感じになっていた。

 滝川と安原を連れて来ていたので、うまく人を捌いてくれているようだが、特に麻衣は、こういう場には不慣れだ。着慣れないドレスも着ているし、疲れが顔に表れていた。

--------そろそろ、撤収した方がいいかしら?

 それに、問題は、疲れだけではない。

 麻衣が、予想以上に、可愛らしいのも、心配だった。

 ナルが見立てた赤のドレスは、綾子たちが思っていたより、麻衣に、良く似合っていた。お揃いのレースのショールも、よく似合っている。まるで、麻衣の為に誂えたかのように。

 いや、それは、いいのだ。

 問題は、奇妙な色気さえ感じさせる麻衣に、ふらふらと近付く男どもだ。

 滝川たちが付いているから大丈夫だとは思うが、相手は、鈍感でうっかりな麻衣だ。なにかうっかりなことをしてしまうのではないかと不安で仕方ない。

 麻衣は、予想もしていないだろうが。

 このパーティの主催者と懇意になれるのなら、身寄りのない可愛らしい少女と結婚しても構わない、と、思うだろう輩は、わらわら居るのだ。

 心配だった。

 非常に心配だった。

 真砂子はまだいいのだ。

 彼女は、自分の容貌が、人からどう見られるのかを良く知っている。

 だが、麻衣は、分かっていない。

 それが、問題なのだ。

 だが、麻衣たちの側に居ることは、綾子には、できない。

 そんなことをしたら、折角、麻衣たちと引き離した主催者が、麻衣たちにひっついてしまう危険性が大きいからだ。そして、そうなったら、また、わらわらと人が集まってしまって‥‥‥‥‥‥。

--------あーもー。

 なんで、こんなことにー、と、優雅に微笑みながら、綾子は心中で絶叫した。

 

 

     ※

 

 

 華やか、場違い、それが、パーティ会場に到着した途端、麻衣が思ったことだった。綺麗にライトアップされた大きな庭園、庭園から繋がっている、天井の高い、大きな白いホール。華やかな花で彩られたそれらは、麻衣を圧倒した。

 そして、その場違いな場所で優雅に微笑む人たちは、麻衣を困惑させた。

「やあやあやあ、いらっしゃい。よく来てくれたね。今日は、随分と、可愛らしい。良く似合っているよ」

 両手を広げて出迎えてくれた主催者は、特に、問題なかった。

 相変わらず、にこにこにこしている素敵なおじさまだった。

「君たちが来てくれるというから、今日は、デザートを充実させたよ。若い女の子は甘い物が好きだからね」

 わあい、と、麻衣は、喜んだ。

 そして、会場の一角に設けられた、色とりどりの料理の群れを見て、うきうきした。白い帽子を被ったコックさんたちまで居て、びっくりだったけれど、期待で、胸を弾ませた。

--------そこまでは、良かったのだ。

 そこまでは。

 だが、そこからが、なんだか、変だった。

 なぜか、いままで、会場のいろんな所で話していた人たちが、わらわらと集って来て、入れ替わり立ち替わり、麻衣たちに、話しかけて来たのだ。

 しかも、表面は笑っているのに、目は全然笑っていなかった。

 なんというか、獲物を狙う獣のような目だった。

 滅茶苦茶怖かった。

 けれど、綾子たちが、そういう人の相手をしていてくれたので、麻衣は、とりあえず、大人しく笑っていた。

 だが、笑い続けるのにも限度というものがあり‥‥‥。

 なんとか、人の輪から、滝川たちに連れられて離脱する頃には、麻衣は、すっかり、へばってしまっていた。

 

「‥‥‥‥‥‥ふえー疲れた」

 人の輪から外れて、ライトアップされた庭園の隅に逃げ込んだ麻衣は、倒れ込むようにして椅子に座った。そして、小さな丸い卓になつく。

 その真向かいに腰掛けた真砂子も、麻衣のように卓になつくことはなかったが、深い吐息を吐き出した。

「‥‥‥‥‥‥つ、疲れた‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥本当に、疲れましたわ」

 はー、はうー、と、麻衣と真砂子は吐息を吐き出し合う。

「‥‥‥おなかすいたー」

「‥‥‥麻衣、はしたないですわよ」

「‥‥‥だって、美味しそうなご飯がすぐ近くにあるのにー」

「‥‥‥仕方在りませんわ」

「‥‥‥ケーキ食べ放題なのにー」

「滝川さんたちが持って来て下さいますわ。それまでは、我慢ですわ」

「‥‥‥うわーん。ぼーさん、早く、帰って来てー」

 嘆きながら、麻衣は、ふと、寒さを感じた。

 外だからだろうか、ひんやりと、寒い。

「ねえ、真砂子、なんか、寒くない?」

「‥‥‥いえ、私は、別に‥‥‥」

「そっか」

「麻衣、大丈夫?寒いのなら‥‥‥中に、移動した方が‥‥‥」

 気遣ってくれる真砂子に、麻衣は、首を横にぶんぶん振って答えた。

「‥‥‥そんなに寒くないから!っていうか、中には、戻りたくない!」

 麻衣の必死の返答に、真砂子は、苦笑する。

「麻衣、そんなことでは、これから、困りますわよ」

 そして、麻衣には良く分からないことを言い出した。

「え?」

「パーティーには、いまから、慣れておいた方が良いですわよ」

 本当に、意味不明だった。

「‥‥‥なんで?」

「慣れておけば、また、パーティに出席した時、楽ですわよ」

 麻衣は、また、首を横に、ぶんぶん振った。

「次は、断るよ〜。疲れるってよく分かったから」

「断れるとよいですわね」

 ふふふふ、と、含みのある笑いを返されて、麻衣は首を傾げる。

 なんだか、やな感じだった。

「もー、なんなのー」

「なんでもありませんわ。そんなことより、麻衣は、意外と赤が似合いますわね。びっくりでしたわ」

 含み笑いされた理由が気になったが、真砂子は、答えてくれるつもりが無さそうだったので、麻衣は、それ以上、聞くのを諦めた。真砂子は満面の笑みを浮かべている。そういう時は、聞くだけ無駄だと、分かっているからだ。

「‥‥‥みんな褒めてくれるけど‥‥‥私は、なんか、落ち着かないよ。だって、すっごい、派手な色なんだもの」

「麻衣が着ると、あまり派手には感じられませんわ。不思議ですけど。なんというか‥‥‥そう、鮮やかですけど、慎ましい感じがしますわ」

「‥‥‥褒めてる?」

「ええ、とても。ナルの目は確かだと感心しておりますの」

 ふふふふ、と、また、真砂子は笑った。

 今度の笑みは、とても楽しそうで、なにか含みがあるような感じはしなかった。

 けれど、麻衣は、なんとなく、居心地が悪かった。

--------今回の麻衣のドレスはナルが選んだ。

 それは、とても、破格な幸運で、麻衣は、嬉しい。

 けれど、ナルとの関係は、とても、複雑で、はっきりとしていなくて、曖昧で、そして、そこには、真砂子も絡んでいて‥‥‥。

(‥‥‥そういえば、ナル、ちゃんとご飯食べてるかなぁ)

 いつもいつも寝食を忘れて研究に没頭する研究馬鹿を思って、麻衣は、心中で、深い、深い、深い、吐息を吐き出す。

--------もう、あれから、三年が経っていた。

 湖の畔で、夢の中で現れるナルが、ナルではないと知ってから。

 そして、あれから、いろいろとあった。

 けれど、麻衣は、未だに、自らの曖昧な気持ちに決着が着けられなかった。

 かつて抱いていた仄かな恋心を、忘れることも。

 ナルに対する気持ちを、明確に、分けることも。

 何一つ、できずに、ただ、ぬるま湯の中で、ただ、日々を過ごしていた。

 だから、真砂子に、ナルに関することを言われると、気まずい。

 昔のように、張り合うことも、できない。

(‥‥‥‥‥‥わたしは‥‥‥)

 けれど、ナルがドレスを選んだことは、嬉しくて、ずるい、と、思う。

(‥‥‥‥‥‥わたしは、どうしたいんだろう?)

 ナルが選んでくれた赤いドレスの裾を見つめながら、麻衣は、自分自身に問いかける。けれど、やはり、いつものように、明確な答えはわき出てくれなかった。

 ただ、胸の内には、暖かいような、冷たいような、もどかしいような、混沌とした気持ちが溢れていて‥‥‥‥‥‥。    

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥menu    back   next