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どうしてこんなことになってしまったのか。 渋谷サイキックリサーチを訪れた広田は、そんないまさらな、後悔に似た思いを募らせていた。もし、もしも、出迎えてくれたのが、いつも、ここに居る笑顔の愛らしい少女であったならば、広田のそんないまさらな後悔も軽減されていたかもしれない。 だが、今日、彼女は居なかった。 代わりに居たのは、どうしてかよりにもよって、と、叫びたくなる無表情長身のリンだった。リンのことを、広田は嫌っているわけではない。嫌うほどに親しく関わっていない。だが、嫌いではないが、苦手だった。 しかし、苦手な相手が出迎えたからといって、背を向けられるわけもない。 そんなことは広田の矜持が許さないし、持ち込んだ事件の重みが許さない。 だが、どうしてこんなことに、と、嘆くことはやめられなかった。 リンに出迎えられて、ますます、その思いは強くなった。 そして、広田は、さらに、いまさらなことを思う。 ここに来なければならなかったきっかけを思い出しながら。 --------気付かなければ良かったのか。 ここに来ようと思ったきっかけを、広田は、よく、覚えている。 そのことに気付いた時の、背筋の震えも、よく、覚えている。 まさか、と、思った。 だが、疑いは消えなかった。 いくつもの証言の中で重なっていた、ある言葉には、意味があるのではないのだろうか、と、いう、疑いは、考えれば考えるほどに深まった。 だから、広田は、ここに来ずにはいられなかった。 馬鹿な、と、思いつつ、馬鹿馬鹿しい、と、一刀両断にされるかもしれないと怖れつつも‥‥‥。 「‥‥‥では、用件をどうぞ」 リンが呼んでくれた、広田が、問題点の確認を取りたかった問題の相手は、いつもどおりの無表情さで、あっさりと言い放った。そして、できるだけ手短に、と、切り捨てるように付け足した。 相変わらずの、えらそうな態度に、広田は、むっとした。 だが、文句は、言わなかった。 言っても、無意味だからだ。 それに、いまは、答えが知りたい。 だから、広田は、腹立たしさをぐっと堪えて、語り始めた。 「‥‥‥ある事件について、意見を聞きたい。最近、都内近辺で起きている連続失踪事件についてだが‥‥‥‥‥‥」 不可解な共通点のある、不幸な事件について。
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いまにも歯軋りをしそうな顔だな、と、ナルは思った。 なにかが気に入らないらしい、とも、思った。 だが、広田は、いつものように文句を言わず、淡々と話し出した。 沸点の低い彼にしては、珍しいことだった。 「‥‥‥失踪したのは、若い女性ばかりで、現在、把握しているのは、七人だ。年齢は二十歳前後。どの子も、失踪する原因が見当たらない。直前まで、家族や友人と居た子も居るし、恋人とデート中の子も居た」 失踪事件、と、聞いて、ナルは、僅かに眉間に皺を寄せた。 まさか、サイコメトリで、相手を捜せ、と、いうことではないだろうな、と、疑う。だが、広田は、そんな言葉は、一言も告げず、ただ、淡々と‥‥‥。 「荷物を持ち出した形跡もないし、現金、預金なども、ほとんど動いていない。つまり、計画的に自発的に失踪したとは、とても、考えられない状況で、彼女たちは姿を消している。そして、大体、三日前後で、水死体で発見されている」 死体が見つかっている。 ならば、サイコメトリを嘆願する可能性は低いな、と、ナルは僅かに安堵した。 「現在、自殺、他殺、事故、あらゆる観点から捜査が進んでいる。ただ、彼女たちの事件には、いくつか、共通点があり‥‥‥だから、うちにまで、話が回って来ている。それで、調書を見ている内に、気付いたことがある」 広田の歯切れが悪くなった。 なにか言いたくないことを言わなくてはいけないらしい。 ナルは、広田の話を一応聞きながら、ふと、寒さを感じた。 端的に言えば、いやな予感、と、いうやつだ。 だが、どうして、そんな予感を感じたのか、分からなかった。 あるいは、ただ単に、冷房が効きすぎているのかもしれない。 「‥‥‥彼女たちと直前まで居た者たちの証言で、重なっている言葉があった。一応、改めて、確認も取ってある。‥‥‥寒かった、そうだ」 --------ぞく。 ナルは、背筋を這い登る寒さを、また、感じた。 「ケースごとに、屋内もあれば屋外もあり、それぞれ状況はまったく違う。だが、明らかに、冷房のある場所ではない所でも、同じような証言が出ている。それと、彼女たちが、いつのまにか居なくなっていた、という所も、良く似ている。‥‥‥それに、これは、俺の、感触だが、居なくなった時のことを、周囲の者が、あまり良く覚えていない、という、その辺りも良く似ている気がする。‥‥‥意見が聞きたい。これらの一致をどう思う?」 どう思う、と、聞きながら、広田の意見はすでに決まっているようだった。 だからこそ、ここに、来たのだろう。 だが、その程度の情報では、なにも語ることはない。 語ることはない、そのはずなのに。 --------ぞくぞく。 背筋が、寒い。 笑えるほどに、思考を身体が裏切っている。 「‥‥‥他に、共通点は」 「他は‥‥‥ああ、そうだ。服だ」 「服?」 「皆、赤い服を着ている」 --------ぞくぞくぞく。 ナルは、背筋を走る悪寒の強さに、一瞬、呻いた。 気持ち悪さまで、感じていた。 そして、脳裏には、麻衣の姿を浮かべていた。 馬鹿な、と、ナルは思う。 そんなことがあるわけがない、と、強く思う。 同時に、関係などあるわけがない、とも。 だが、ナルは、知っていた。 その手の予感は、当たって欲しくない時こそ、当たるものだと。 「リン」 麻衣は、二十歳前後で、今日、赤い服を着ていた。 ナルが選んだ、鮮やかに、赤いドレスを。 「麻衣たちに連絡を」 「ナル?どうか‥‥‥」 だが、赤い服を着た二十歳前後の女性など、都内近辺には、山ほど居る。 確率を考えれば、馬鹿らしいほど、ありえない。 そんなことは、分かっている。 分かっているのだが。 --------ぞくぞくぞく。 嫌な予感が、止まらない。 「麻衣は、今日、赤い服を、着ている。あいつは、歩くトラブルメーカーだ。念のため、確認を」 念のため、と、言いながら、ナルは、分かっていた。 そんなことは嘘だ、と。 「はい。分かりました」 リンが顔色を変えて、立ち上がる。 目の前の広田は、なにがなんだか良く分からない、という顔をしている。 それもそうだろう。 普通は、ありえない。 だが‥‥‥。 「ナル、松崎さんと連絡が取れました。‥‥‥谷山さんが」 ナルは、確信していた。 「パーティ会場から、姿を消した‥‥‥ようです」 嵐が、訪れることを。
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