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 どうしてこんなことになってしまったのか。

 渋谷サイキックリサーチを訪れた広田は、そんないまさらな、後悔に似た思いを募らせていた。もし、もしも、出迎えてくれたのが、いつも、ここに居る笑顔の愛らしい少女であったならば、広田のそんないまさらな後悔も軽減されていたかもしれない。

 だが、今日、彼女は居なかった。

 代わりに居たのは、どうしてかよりにもよって、と、叫びたくなる無表情長身のリンだった。リンのことを、広田は嫌っているわけではない。嫌うほどに親しく関わっていない。だが、嫌いではないが、苦手だった。

 しかし、苦手な相手が出迎えたからといって、背を向けられるわけもない。

 そんなことは広田の矜持が許さないし、持ち込んだ事件の重みが許さない。

 だが、どうしてこんなことに、と、嘆くことはやめられなかった。

 リンに出迎えられて、ますます、その思いは強くなった。

 そして、広田は、さらに、いまさらなことを思う。

 ここに来なければならなかったきっかけを思い出しながら。

--------気付かなければ良かったのか。

 ここに来ようと思ったきっかけを、広田は、よく、覚えている。

 そのことに気付いた時の、背筋の震えも、よく、覚えている。

 まさか、と、思った。

 だが、疑いは消えなかった。

 いくつもの証言の中で重なっていた、ある言葉には、意味があるのではないのだろうか、と、いう、疑いは、考えれば考えるほどに深まった。

 だから、広田は、ここに来ずにはいられなかった。

 馬鹿な、と、思いつつ、馬鹿馬鹿しい、と、一刀両断にされるかもしれないと怖れつつも‥‥‥。

「‥‥‥では、用件をどうぞ」

 リンが呼んでくれた、広田が、問題点の確認を取りたかった問題の相手は、いつもどおりの無表情さで、あっさりと言い放った。そして、できるだけ手短に、と、切り捨てるように付け足した。

 相変わらずの、えらそうな態度に、広田は、むっとした。

 だが、文句は、言わなかった。

 言っても、無意味だからだ。

 それに、いまは、答えが知りたい。

 だから、広田は、腹立たしさをぐっと堪えて、語り始めた。

「‥‥‥ある事件について、意見を聞きたい。最近、都内近辺で起きている連続失踪事件についてだが‥‥‥‥‥‥」

 不可解な共通点のある、不幸な事件について。

 

 

     ※

 

 

 いまにも歯軋りをしそうな顔だな、と、ナルは思った。

 なにかが気に入らないらしい、とも、思った。

 だが、広田は、いつものように文句を言わず、淡々と話し出した。

 沸点の低い彼にしては、珍しいことだった。

「‥‥‥失踪したのは、若い女性ばかりで、現在、把握しているのは、七人だ。年齢は二十歳前後。どの子も、失踪する原因が見当たらない。直前まで、家族や友人と居た子も居るし、恋人とデート中の子も居た」

 失踪事件、と、聞いて、ナルは、僅かに眉間に皺を寄せた。

 まさか、サイコメトリで、相手を捜せ、と、いうことではないだろうな、と、疑う。だが、広田は、そんな言葉は、一言も告げず、ただ、淡々と‥‥‥。

「荷物を持ち出した形跡もないし、現金、預金なども、ほとんど動いていない。つまり、計画的に自発的に失踪したとは、とても、考えられない状況で、彼女たちは姿を消している。そして、大体、三日前後で、水死体で発見されている」

死体が見つかっている。

 ならば、サイコメトリを嘆願する可能性は低いな、と、ナルは僅かに安堵した。

「現在、自殺、他殺、事故、あらゆる観点から捜査が進んでいる。ただ、彼女たちの事件には、いくつか、共通点があり‥‥‥だから、うちにまで、話が回って来ている。それで、調書を見ている内に、気付いたことがある」

 広田の歯切れが悪くなった。

 なにか言いたくないことを言わなくてはいけないらしい。

 ナルは、広田の話を一応聞きながら、ふと、寒さを感じた。

 端的に言えば、いやな予感、と、いうやつだ。

 だが、どうして、そんな予感を感じたのか、分からなかった。

 あるいは、ただ単に、冷房が効きすぎているのかもしれない。

「‥‥‥彼女たちと直前まで居た者たちの証言で、重なっている言葉があった。一応、改めて、確認も取ってある。‥‥‥寒かった、そうだ」

--------ぞく。

 ナルは、背筋を這い登る寒さを、また、感じた。

「ケースごとに、屋内もあれば屋外もあり、それぞれ状況はまったく違う。だが、明らかに、冷房のある場所ではない所でも、同じような証言が出ている。それと、彼女たちが、いつのまにか居なくなっていた、という所も、良く似ている。‥‥‥それに、これは、俺の、感触だが、居なくなった時のことを、周囲の者が、あまり良く覚えていない、という、その辺りも良く似ている気がする。‥‥‥意見が聞きたい。これらの一致をどう思う?」

 どう思う、と、聞きながら、広田の意見はすでに決まっているようだった。

 だからこそ、ここに、来たのだろう。

 だが、その程度の情報では、なにも語ることはない。

 語ることはない、そのはずなのに。

--------ぞくぞく。

 背筋が、寒い。

 笑えるほどに、思考を身体が裏切っている。

「‥‥‥他に、共通点は」

「他は‥‥‥ああ、そうだ。服だ」

「服?」

「皆、赤い服を着ている」

--------ぞくぞくぞく。

 ナルは、背筋を走る悪寒の強さに、一瞬、呻いた。

 気持ち悪さまで、感じていた。

 そして、脳裏には、麻衣の姿を浮かべていた。

 馬鹿な、と、ナルは思う。

 そんなことがあるわけがない、と、強く思う。

 同時に、関係などあるわけがない、とも。

 だが、ナルは、知っていた。

 その手の予感は、当たって欲しくない時こそ、当たるものだと。

「リン」

 麻衣は、二十歳前後で、今日、赤い服を着ていた。

 ナルが選んだ、鮮やかに、赤いドレスを。

「麻衣たちに連絡を」

「ナル?どうか‥‥‥」

 だが、赤い服を着た二十歳前後の女性など、都内近辺には、山ほど居る。

 確率を考えれば、馬鹿らしいほど、ありえない。

 そんなことは、分かっている。

 分かっているのだが。

--------ぞくぞくぞく。

 嫌な予感が、止まらない。

「麻衣は、今日、赤い服を、着ている。あいつは、歩くトラブルメーカーだ。念のため、確認を」

 念のため、と、言いながら、ナルは、分かっていた。

 そんなことは嘘だ、と。

「はい。分かりました」

 リンが顔色を変えて、立ち上がる。

 目の前の広田は、なにがなんだか良く分からない、という顔をしている。

 それもそうだろう。

 普通は、ありえない。

 だが‥‥‥。

「ナル、松崎さんと連絡が取れました。‥‥‥谷山さんが」

 ナルは、確信していた。

「パーティ会場から、姿を消した‥‥‥ようです」

 嵐が、訪れることを。

 

 

 

 

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