tuki-2-3

 

 

 それは、酒。

 鮮やかな、光の、酒。

 浴びて、染み込んで、防ぐこともできない。

 見たら、最後。

 

 さあ、月の酒を浴びて、踊ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二夜〜若葉の兆し3〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、夜、夜は、楽しい。

 暗がりから、友達が、仲間が、たくさん出てくる。

 まして、今宵は、満月。

 宴の始まり。

 ほんのり赤く染まった月は、こちらの。

 真っ赤に染まった月は、あちらの。

 二つ月が重なった瞬間、扉が開き、あちらから仲間が遊びに来る。

 

------------やあ、久しぶりだね。

 

 所々で交わされる、再会の挨拶は、楽しい。

 

------------ここで出会ったが、百年目!今宵こそ決着を着けてやる!

 

 まあ、中には、いろいろとあって、いろいろと騒ぎも起こるけれど、それはそれで眺めていれば楽しいものだ。騒ぎ過ぎたら、おっかない長老が、摘んで、ぽいっっっと片づけてくれるのが、お約束。

 祭りは、楽しい。

 祭りは、嬉しい。

 けれど、祭りには、秩序がある。

 客人としての礼儀は弁えなければならない。

 人ではないが、知性のある生き物としては、当然のことである。

 

------------ああ、やっと、あのお方にお会いできるわ!

 

 一際高い声で喜びの歌を歌い、顔のない女が横を通り過ぎていく。

 その、耳を押さえたくなるような甲高い声で、麻衣は、ふと、我に返った。

 素朴な疑問が沸いて、首を傾げる。

「‥‥‥ここ、どこ?」

 そして、ここ最近、ずうっと傍らに居た青年を求めて、周囲を見回す。

 だが、月明かりに照らされて、深い闇と同居する広場には、人の姿はない。

 人の姿をしているのは、麻衣、ただ一人だけであった。

 周囲を囲むのは、異形、異形、異形、異形の群。

 けれど、麻衣は、怖いとは思わなかった。

 

------------いらっしゃいませ、菓子はいかがですかな?外つ国に伝わるような、意地の悪い菓子ではございませんぞ。食べて安心。とろけるような心地の菓子でございます。

 

------------おや、貴女さまが、噂の君ですな。間抜け猫がお世話になったとか。

 

------------いやいや、それより、長老の腹の虫を抑えて下さったとか。

 

------------それより、あの乱暴者を説き伏せたとか。

 

 深い影を合わせ持つ者たちは、概ね好意的だった。いや、大歓迎と言った方が正しいだろう。隣りに陣取る斑猫たちも、鼻高々で、尻尾をぴんぴん伸ばして、嬉しげにしている。

 

「‥‥‥みんな、親切だねぇ」

 

 とろけるような心地の菓子は、仄かに甘く、色は黄色。餅のような感じで、けれど、餅ではない。するりと溶けて、涼しい喉越しが、なんとも言えず、けれど、美味しい。

 一緒に摘む茶斑猫は、ふんぞり返って答えた。

「当然でございます。貴女様は、長老の恩人でございます」

「‥‥‥恩人?」

「永く生きても長老は、元気いっぱい。長老の権限で一足早く遊びに来たのはいいのですが、腹が空きすぎて、動けなくなっていたとか。そこを助けてくださったのが、貴女様でございます。長老の恩人は、我らの恩人。大切な客人をもてなすのは当然のことです」

「‥‥‥そうなんだ。律儀だねぇ」

 もはや猫と話すことに異和感さえ感じず、麻衣は、律儀な物の怪たちを見回す。

 角があるもの、ひれがあるもの、ヒトガタなど取ろうとする気がないもの、と姿形は、実に様々。

(‥‥‥ナルが見たら、すっっっっっごく、喜ぶだろうなぁぁぁ)

 それとも、こんな光景は資料にならない、と吐息を吐き出すだろうか。

 どちらにせよ、見せてあげたい気がした。

 そもそも、どうして、ナルは、ここに居ないのだろうか。

「‥‥‥」

 麻衣は、いま一度、周囲を見回す。

 置き去りにしたと覚えていない人を、探して。

 だが、居るわけがなく、居ないと確認すると、なんだか、心細くなった。

 祭りは、嬉しい。

 祭りは、楽しい。

 でも、一緒がいい。

 一緒なら、もっと、楽しい。

「どうされました?」

 茶斑猫に問われて、麻衣は、ほろり、と涙をこぼす。

「ど、どうされました?」

「‥‥‥お祭り、一緒がいいから‥‥‥帰る」

「‥‥‥ああ、なるほど。そうですなぁ、そろそろお開きですし、お送り致しましょう。人が紛れぬよう、入り口は、迷路になっておりますから、迷ったら、一大事」

「‥‥‥帰る」

「ではでは、こちらに」

 茶斑猫の尻尾が、ぴんっ、と張る。

 その尻尾を、麻衣は、追い越した。

「お待ち下さい!」

 慌てて追いすがる声を振り切って、麻衣は、走り出した。

 ただ、ひたすらに、彼を求めて。

 

  

 

 

 

 

                    

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