tuki-2-2
見上げると、月が、丸い。 そして、仄かに、赤い、気がする。 『しばらくは、夜遊びは控えた方がいいかもな』 お節介な男の台詞が脳裏に浮かんだが、引き止めるほどではなかった。 そして、私は、外に出た。
二夜〜若葉の兆し2〜
その夜、レベルの高い男が集まる、という前評判のパーティは‥‥‥。 「いやあ、本当に、お綺麗ですね」 隣りでへらへら笑う男も含めて、スカばかりだった。 男を見る目には、自信がある。 なにも条件ばかり見ているわけじゃない。 家柄、学歴、財力、それが揃っていても駄目な男は居るし。 家柄、学歴、財力、それがなくてもいい男は居る。 そして、今夜、釣りたくもないのに釣れたのは、家柄はとびきり、学歴はまあまあ、財力は釣り合いが取れて、見た目はまあまあなのに、見た瞬間に、こいつは駄目だ、と判断した男だった。 上品なオーダースーツに身を包み、男は柔和な笑みを浮かべている。 だが、常日頃、さらに食えない笑みを見ているので、薄っぺらく見えて仕方ない。その下の、真っ黒な顔がまったく隠れていない。 (そろそろ切り上げようかな) とりあえず出席した者の義理として、ある程度の時間は居るべきである。 次に顔を繋ぎたいのならば。 そろそろ二時間が経過して、連れだって出ていく者も居る。 切り上げ時だ。 「‥‥‥あら、もう、こんな時間」 耳障りの良い、実のない会話を断ち切って、綾子は優雅に微笑んだ。 「家人が心配しますので、そろそろ失礼致しますわ」 「お送りしましょう」 すかさず差し出される腕など、取るべきではない。調子の良い男は、下心がありすぎる。 「ありがとうございます。でも、迎えが来ますので」 嘘である。 いまから呼び出しである。 この鬱陶しい空気を、ぱーっっっ、と晴らしてからでなければ、帰宅する気にもならない。特に、纏いつく、粘着質な視線は、かなりうざい。 主催者に挨拶をして、目配せ一つ。 未だに後ろにくっついて、送りましょう、と馬鹿の一覚えのように繰り返す男を、ちらり、と見やる。 それだけで、意味は通じる。 ある程度以上のレベルのパーティでは、ごり押しなど、できない。 そんな無粋な真似をする奴は、すぐに情報が周り、どこからも招待されないようになる。それでも、しつこい奴はどこにでも居て、そういう輩をどう捌くかが、主催者の力量の見せ所である。 「‥‥‥お気をつけて。おやすみなさい」 「おやすみ。また、今度、一緒に遊びましょう」 品の良い柔らかな、隙のない笑みに、より深い鮮やかな笑みを返して、綾子は夜の街へと、飛び出した。
※
「あ〜かったるい〜」 会場からある程度離れてから、綾子は、ぼやいた。長い黒髪を掻き上げて、頭を振る。 そして、ふと、空を見上げた。
『しばらくは、夜遊びは控えた方がいいかもな』
パーティに誘われた時、親馬鹿男の言葉が思い浮かんだ。 だが、最近、可愛い猫にうつつを抜かし、不義理を重ねていたので、断ると、後が面倒なことになりそうだった。 だから、まあ、なんとかなる、と思って、出てきたのだが。
見上げた夜空には、月。 真円を描く、赤い月が。
見上げていると、なぜか、酷く懐かしい気分にさせる月を、綾子はしばし眺めていた。 ビルの合間、暗がりの中で。 喧噪は遠く、いつもより静かだった。 夏休みが終わり、昼も夜もいつもより溢れていた子供たちが少なくなったせいだろうか。
「綾子さーん、待ってください〜」
不可思議な気持ちを破ったのは、間延びしたあの男の声だった。 綾子は、軽く舌打ちをして、細い路地に身を隠した。そして、男が、通り過ぎるのを待つが‥‥‥。
「‥‥‥居ないなぁぁぁ」
男は意外としぶとく、綾子は、仕方なく、路地の奥へと歩を進めた。 夜の暗がりに向かうと言うのに、不安の欠片さえ感じず。むしろ、懐かしい場所へと帰るような、不思議な心地良さを感じながら‥‥‥。
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