tuki-2-1
その日は、朝から、なんだか、うずうずした。 踊りだしたいような、不思議な、心地。 叫びたいような、不思議な、熱。 抱えて、我慢して、限界は、夜と一緒に訪れた。
二夜〜若葉の兆し〜
夕暮れ時、麻衣は、すっかり慣れてしまった道を、ナルと一緒に歩く。 誰かと一緒に、家に帰る、というのは、憧れで、とても幸せで、麻衣は、この時間がとてもとても好きだ。 「今日はね、体育でね、バレーをしたんだよ」 「‥‥‥そう」 「楽しかったよ。でも、ジャンプしすぎないようにするのが、結構、辛かった〜」 「‥‥‥気を付けろよ」 「うん」 歩きながら、今日一日の出来事を報告するのは、楽しい。 そっけないけれど、言葉を返してくれるから、嬉しい。 あまりに嬉しすぎて、飛び跳ねたくなるほどに。 でも、ありえないほど高く飛んだら大騒ぎになるから、我慢、我慢、である。 でも、今日は、もう、うきうきして仕方ない。 踊り出したいほどに。 (‥‥‥我慢、我慢) だが、我慢すればするほど、うずうずする。 (‥‥‥なんか、変?) とりあえず報告するべきかもしれない。なにか変わったことがあったら必ず言うように、と言われているし。 でもね、そんなこと、どうでも良い気がする。 ただ、もう、走り出したい。 空に向かって、叫びたい。
------------オイデオイデ、タノシイヨ、アソボウ。
陽気なリズムに乗って、さあ、駆け出そう。
------------アチラカラコチラカラ、ミンナ、アツマッテクルヨ。
宴の始まりは、楽しい。 宴は、楽しい。 踊って、歌って、刹那の出会いを祝おう。 さあ、いますぐに。 さあ、いますぐに。
「‥‥‥麻衣?」
さあ、さあ、行こう。 まんまるお月様を見たら、もう終わり。 もう始まるよ。 まんまるお月様を見て、さあ、飛び跳ねよう。
「‥‥‥麻衣っっっっっ!」
呼んでも、駄目。 呼ばれても、駄目。 楽しくて、暑くて、もう、どうにもならない。 さあ、走り出そう。
※
不意に立ち止まり、麻衣は空を見上げた。 正確には、夕暮れ時の赤い空に浮かぶ、白い月を。 麻衣の視線を辿り、ナルは空を見上げた。 (満月か) なんとなく嫌な予感を感じて、ナルは、麻衣の腕を掴む。
「‥‥‥麻衣?」
呼びかけても、麻衣は、答えない。 うっすらと笑みを浮かべて、月を見上げている。 そして、掴まれた腕を、振り払い、地面を蹴り上げる。 見事な跳躍を、他に見ている者が居ないのは、幸運だった。 だが、本当に、それは、幸運なのか。 僅かな厚みしかない塀の上に降り立った麻衣は、ナルを、硝子玉のような瞳で見下ろす。その横には、いつのまに現れたのか、茶斑の猫が寄り添う。 反対側には黒猫が。 そして、なぜか、音が、遠い。 人通りは絶えて、車の音一つしない。
「麻衣っっっっっ!」
呼び止める声に振り返らず、麻衣は、走り出した。 供を引き連れ、笑みを浮かべて‥‥‥。
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