‥‥‥‥‥‥‥third -9

 

 隠しカメラから送られてくる映像は、二十四時間体勢で監視されている。いまは、複数の人間が、息を呑んで見つめていた。

 その目の前で、異変が起きた。

 突如として水無月亨が苦しみだし、倒れ、駆け寄った女も苦しみだし、倒れ、視界が暗転する。なにが起こったんだ、とわめくこと数分、再び映像が流れ出す。

 そこには‥‥‥。

 白目を向いて倒れる水無月亨と、水無月に泣いて縋る女、そして。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれは‥‥‥‥‥‥」

 

 マイクが、音を拾う。泣きわめく女の声と共に、微かな声を。

 

『‥‥‥‥‥たす‥‥‥‥‥‥けて‥‥‥』

 

 彼女は、体中を切り刻まれていた。それでも息をして、動いていた。

 広田は腰を浮かした。他の捜査員も慌ただしく動き出す。

 だから、誰も、聞いていなかった。

 もう一人の女の、声を。

 

『‥‥‥‥‥‥どうして‥‥‥どうして‥‥‥‥‥‥どうして麻衣なの?どうしても私じゃ駄目なの?‥‥‥あなたの為ならなんでもしたのに‥‥‥なんだってしてあげたのに‥‥‥‥‥‥ねえ、応えて‥‥‥‥‥‥』

 

 モニター越しに、扉を叩く音が響く。それを聞き咎めて、彼女はゆっくりと背後を振り返る。

 

『‥‥‥‥‥‥もう終わりだね。大丈夫‥‥‥特別なあなたを‥‥‥けっして馬鹿な奴等に引き渡しはしないから‥‥‥‥‥‥』

 

 放り出されていたバックを引き寄せ、鋭利なナイフを取り出し、彼女は笑う。

 

『‥‥‥‥‥‥ずっと‥‥‥一緒だよ‥‥‥‥‥‥‥‥‥大好き、亨‥‥‥』

 

 そして、彼女は彼に口づける。

 敬愛と親愛を込めて。

 暫しの別れを惜しんで。

 

 

      ※

 

 

 広田たちが水無月亨の自室に駆け込むと、むっ、とした腐臭がまず出迎えた。

 そして、

 

「‥‥‥‥‥‥なんだ‥‥‥これは‥‥‥‥‥‥」

 

 そこには胸元にナイフを突き立てられた水無月亨と、隣りで放心している女。

 そして、肝心の‥‥‥‥‥‥。

 

「あかねっっっっっ」

 

 いち早く駆け出したのは、強引に捜査に参加していた女性の兄である。後ろには父親も居る。

「いやあああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!」

 こんな状態でいきなり近付けば、叫ばれて当然だろう。だが、泣き叫ぶ妹の体を脱ぎ捨てたコートで包んで兄は離さない。

「あかね‥‥‥あかね‥‥‥‥‥‥あかねっ」

 再会を果たした兄は、他にはなにも見てない。

 だが、広田たちは違う。

「どうして‥‥‥気付かなかったんだ‥‥‥」

 そこには、切り刻まれ放置されていたと見られる‥‥‥腐乱死体がいくつも転がっていたのだ。この部屋は隠しカメラでずっと監視されていたのだ。こんなものが転がっていたら、絶対に見逃すわけがない。もちろん、いま、生きて、叫んでいる女性も‥‥‥。

 

 陰惨な殺人事件などに関わり、腐乱死体や血などではびくともしない男たちの背中を、ぞくり、と冷たいものが駆け抜ける。

 そんな中、立ち直りが早かったのは‥‥‥慣れたくはないが、慣れてしまった広田である。そして、その隣りに立つ‥‥‥。

「‥‥‥‥‥‥もう大丈夫ですよって‥‥‥」

 柔らかな声が、響く。

 血生臭さを寄せ付けぬ、穏やかな笑みを浮かべて、ジョンは泣き叫ぶ女性の傍らに膝をついた。

 ジョンがここに居るのは、彼女の為だ。

 長いこと、ここではない場所に隔離されていた彼女は、よくない気配に晒され過ぎた。それを祓わなくては、彼女は、本当の意味で戻って来たことにはならないのだ。

「‥‥‥‥お兄さん。あかねさんのために、お祈りをさせていただいてもよろしいですやろか?」

「‥‥‥‥‥‥神など信じない。なんの罪もないあかねをこんな目に合わせた神になにができる。‥‥‥したいなら勝手にしろ」

 憤りを孕む静かな声に、ジョンはうなづいた。

「‥‥‥天にまします我らの父よ‥‥‥‥‥‥」

 場違いな祈りの声に、泣き叫んでいたあかねがぴくりと体を震わせた。

 言葉が進むにつれ、体の震えが止まり、見開いていた目が閉ざされる。

 そして、離れよう、離れよう、ともがいていた腕が、兄の服をおそるおそると掴む。

「‥‥‥‥‥‥あかね‥‥‥あかね‥‥‥もう大丈夫だ。兄ちゃんが‥‥‥護ってやるから‥‥‥もう二度とこんな目に合わせたりしないからな」

 閉ざされた瞼から、泪がこぼれる。

 祈りの言葉が終わる。

 そして閉ざされた瞼が開いて‥‥‥‥‥‥兄を映す。ずっとずっと助けを求めていた最も信頼している人を。

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