‥‥‥‥‥‥‥third -10

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥お兄ちゃん?‥‥‥‥‥」

 

 かぼそい、だが、意志の宿った声が響いた。

 同時に、固まっていた捜査員たちが動き出す。

 妹を抱えて立ち去ろうとする青年に、ジョンは十字架を差し出した。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥お守り代わりにどうぞ」

「‥‥‥‥‥‥両手が塞がっているので、俺の首に掛けて貰えるか?」

 ジョンはうなづいて、青年の首に十字架を掛けた。‥‥‥本来なら女性の首に掛けた方が良いのだろうが、その白い首には、いくつもの切り傷が刻まれて血を流していたのだ。そのことを、ジョンも青年も言葉には出さない。出す必要もない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥ありがとう」

 青年は軽く頭を下げて、今度こそ背を向けた。

 そして、忌まわしい部屋から妹を連れ出した。

 

‥‥‥‥‥‥誰も気が付かなかったが、その兄妹の周囲に、目に見えぬものたちが漂っていた。唯一の生存者を「領域」の崩壊から護り、こちらに送り届けたものたちは、兄妹が家の外に出るのを見届けると、主の元へと帰っていった。

 

 

     ※

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥痛い。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥痛い。

 

 闇の中、抜け殻を捨てたなにかが、走っていた。

 必死に。

 必死に。

 ただ、遠くへ、遠くへ、復讐に燃えながら。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥マイ。

 

 ソレが辿るのは光りの残滓。奴等と接触した時に、ソレは、微かに纏いついた彼女の気配に気が付いた。奴等は彼女の所からやって来た。隠れている彼女の所から‥‥‥‥‥‥ならばそれを辿ればいい。

 

 その柔らかな肉が。

 甘い血が。

 この耐え難い痛みを消してくれるはずだ。

 

『‥‥‥‥‥‥駄目だよ』

 

 だが、光りの帯の先には、黒い衣服を身に纏った少年が立っていた。

 

『‥‥‥‥‥‥麻衣は、僕たちの大切な唯一の明かりだ。君にあげるわけにはいかないんだよ。絶対にね』

 

 柔らかく微笑みながら、その相貌は、恐ろしいほどに冷たい。生前の少年を知る者がその色を見たら、驚きに声を失っただろう。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥おまえは‥‥‥‥‥‥。

 

 少年は、あの、青い闇と良く似ている。だが、あの闇ではない。

 

『さあ、君のお迎えが来たようだよ‥‥‥』

 

 少年は、背後を指差す。ソレがつられたように振り返ると、殺した女たちが嬉しそうに笑って立っていた。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥よ、よせ‥‥‥‥‥‥。

 

 突き出される白い、腕、腕、腕、腕‥‥‥何人もの男に取り付いて女たちを殺しつづけたソレを八つ裂きにしたいと願う女の数はあまりに多く、あっというまにソレのちいさな姿は女達に呑み込まれてしまった。

 

 ソレの絶叫を聞きながら、少年は満足そうな笑みを浮かべて‥‥‥消え失せた。

 

『‥‥‥‥‥後始末はきっちりしないとね』

 

 楽しげな声を響かせて。

 

 

 

 

 

          

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