‥‥‥‥‥‥‥third -8

 

‥‥‥お願い‥‥‥‥‥赦して‥‥‥。

 

 うずくまり、あるいは倒れ伏す女たちの中心に、男が立っていた。

 先ほどのような容貌の分からない影ではなく、人間としての顔を持つ若い男だ。

 それが、水無月亨だと、三人は知っていた。

 ナルは直接に。滝川とリンは写真で。

「‥‥‥‥‥‥僕の宝物庫へようこそ。ここにたどり着いた男は、あなた方が初めてです。いかがですか、僕の宝物たちは?可愛いでしょう?」

 その中の一人、長い黒髪の女性の腕を掴み、立ち上がらせて、水無月は笑った。

「さて、教えて頂きましょうか。彼女はどこです?」

 咄嗟に怒鳴りかけた滝川を、ナルが手の動きだけで制した。

「教える必要性を感じないな」

 感情の欠片もない声だった。

「命と引き替えだとしても?ここは僕のテリトリーだ。おまえたちの命など、簡単に奪えるぞ?」

 ナルは、口元に嘲りの笑みを刻む。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥負け犬め」

「なんだと?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥力尽くで手に入れることしかできない、脳味噌の足りない負け犬と、取り引きするつもりはない」

 ざわり、と闇が揺らぐ。

 水無月の髪が、浮き上がる。射すような眼差しを向けられても、ナルは動じない。それどころか、うっすらと笑みを浮かべた。

「麻衣は‥‥‥僕のものだ」

 勝利者のみが讃えることを赦される傲慢な笑みに、水無月の顔が憎悪に歪む。

「彼女は僕のものだっ!」

 その叫びに、苦笑が返る。憐れむように。

 

「‥‥‥‥‥‥聞いていたのだろう?」

 

 なにを、とも言わず。なにを、とも聞かず。

 両者の間のみで交わされた無言の問いかけに、滝川とリンは僅かに眉を顰める。

 その問いかけの効果は絶大だった。

 水無月亨は、水無月亨の姿を保っていたなにものかは、人の形をくしゃりと歪めて、大きく広がった。抱えていた女性を放り出して、三人に襲い掛かる。

 怒りに我を忘れたその行動に、ナルは口元をにやりと歪めた。

「‥‥‥‥‥‥消えろ」

 静かな、絶対の言葉と共に、差し出された右手から青白い光りが迸る。同時に、甲高い、リンが式を動かす音が響き渡る。

 

 そして、世界は白く、白く、染め上げられた。

 

 

     ※

 

 

(‥‥‥‥‥‥終わったのか?)

 滝川は、閃光に焼かれて僅かに痛む目を開けた。

 飾り気のない壁が目の前にある。

 麻衣の部屋だ。

 戻ってきたらしい。

 部屋の中央には、ナルが立っていた。

 どこか思い詰めた暗い横顔を晒して‥‥‥。

 

 

‥‥‥‥知ってるぞ。おまえも僕と同じだ‥‥。

‥‥‥‥おまえもいつか‥‥‥同じ道を辿るんだ。

 

 

 男は、消え去る直前、ナルに呪いの言葉を叩きつけた。

 戯れ言である。

 だが、なぜか、脳裏に強く焼き付いた。

『‥‥‥‥‥‥ナル』

 立ち尽くすナルに、胸元の鏡から心配そうな声が掛けられた。

『負け犬の戯れ言だ』

『‥‥‥‥‥‥分かってるなら、いいけど‥‥‥。じゃあ、僕は、一足先に麻衣の所に行ってるね。早く、迎えに来てね‥‥‥‥‥‥』

 ぴく、とナルの眉が動いた。いつもならそれを指摘してからかうジーンだが、今回はなにも言わずに消えた。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥おまえも僕と同じだ‥‥‥。

 

 戯れ言だ。

 だが、真実でもある。

 そう、同じだ。

 あの時、衝動に屈して、初めて麻衣に口づけた時、抱いた時、麻衣は嫌がらなかった。だが、もしも、嫌がったとしたら‥‥‥‥‥‥。

 麻衣を手放すことができただろうか‥‥‥。

 

 

「‥‥‥‥‥‥ナル坊、終わったのか?」

 

 

 滝川の声で、ナルは思考の海から抜け出した。

「‥‥‥‥‥‥ああ、終了だ」

 抑揚に掛けた声が、事件の終わりを告げる。

 それと同じ頃、水無月宅を囲む広田たちは、絶句していた。

 

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