‥‥‥‥‥‥‥third -7

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥マイ。

 

 低い低い声が響く。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥マイ。

 

 部屋の中央、ヒトガタのすぐ近く、真っ黒な腕が、床から生えた。

 ぬめるような光沢の、腕が。

 一本。

 二本。

 三本‥‥‥‥‥‥たくさん。

 

 黒い腕に囲まれて、麻衣は、ぼんやりと周囲を見回している。

 少し、はにかむように笑う。

 それは、勿論、本人ではないのだけれど。

 見ている者たちにとっては‥‥‥楽しい光景ではない。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥迎えに来たよ。

 

 怯えず逃げない麻衣に、黒い腕が、絡み付く。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥君は僕を照らせばいい。僕だけを照らしていればいいんだ。他にはなにも見なくていい。なにも考えなくていい。最高の悦楽を教えてあげるよ。

 

 麻衣は、にこり、と笑って手を差し伸べる。

 たくさんの黒い腕の中から、たった二本だけが、抜け出す。

 その瞬間を、待ちわびていたのは、その場にいる全員だった。

 

 手に入れる瞬間を。

 本体を現す瞬間を。

 叩き潰す瞬間を。

 

「オンキリキリバザラバジリホラマンダマンダウンハッタ‥‥‥」

 滝川の低い声が響いて、黒い影が揺らぐ。そして、抱いていた麻衣を見下ろして、舌打ちした。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥騙したな。

 

「臨兵闘者皆陳烈在前 ――――ナウマクサンマンダバザラダンカン!」

 滝川の手から、赤い光りが放たれ、影を貫く。

 

‥‥‥‥‥獲物は手強ければ燃えるものだ‥‥。

 

 笑い声を残して、影が霧散する。周囲を埋め尽くしていた腕も。

「‥‥‥‥‥‥随分とあっけないな‥‥‥」

 滝川がぼやけば、ナルが冷たく切り返す。

「‥‥‥‥‥‥これからだ」

「へ?」

「‥‥‥‥‥‥気を抜くな、ぼーさん」

 ことん、と音を立ててヒトガタが床に落ちる。

 そして真っ二つに割れ‥‥‥‥‥‥。

 その合間から、ぶわり、と闇が溢れた。

 

 室内が、黒く、染まる。

 あっと言う間に、止める間もなく。

 咄嗟に目を瞑った滝川が、目を開けると、そこはすでに麻衣の部屋ではなかった。どこまでもどこまでも真っ暗な世界が広がっている。

 テリトリーに引きずり込まれたのだ。

「‥‥‥‥ナルちゃんよ、やばいんでないかい?」

 滝川としては、こうなる前にナルがケリをつけると思っていたのだ。以前はけっしてやらせてはいけない禁じ手であったが、いまは、手助けする存在が居る。

 だが、ナルは、闇色の相貌で、闇を睨むばかりで、動く気配がない。

「‥‥‥‥‥‥ぼーさん、引きずられるなよ」

「へいへい。気を付けます」

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥助けて。

 

 か細い声が、震えて、響く。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥お兄ちゃん‥‥。

 

 闇の向こう側で、白いなにかが動く。

 それがなんであるか理解して、滝川は、目をつり上げた。

「‥‥‥‥‥‥外道め」

  

‥‥‥‥‥‥痛い‥‥‥痛いの‥‥‥。

 

 座り込んで泣くのは、全裸の女性。切り傷だらけの肌からは、赤い血が途切れることなく伝い落ちる。しかも、それは、一人ではない。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥痛いの‥‥‥‥‥‥。

 

‥‥‥‥‥‥たすけて‥‥‥‥‥‥。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥だれか‥‥‥。

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