‥‥‥‥‥‥‥third -5

 

 

     ※

 

 

(‥‥‥‥‥‥なんのこと?‥‥‥‥‥‥)

 

 楽しそうに、けれど、どこか張りつめた雰囲気で話し合う三人を見下ろしながら、麻衣は首を傾げた。体がふわふわして気持ちいい。暖かな極上のお布団に包まれているようで、溶けてしまいそうだ。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥おいで。

 

 また、あの、優しい声がする。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そこは危ないから、おいで。

 

 なにが危ないのだろう、と思った瞬間に、どこかで誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。とても、遠く。‥‥‥女の人?

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥おいで。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥駄目だよ。

 

 声が、重なる。優しい優しい声が。

 それが誰か知っている。

 とても、良く。

 

(‥‥‥やっと‥‥‥会えた‥‥‥あのね‥)

 

 聞きたいことが、言いたいことが、たくさんあるの。でも、気持ちよくて、暖かくて、眠い。どうしてこんなに眠いのかな。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥それで、いいんだよ。麻衣は、眠っていればいい。その間に、終わらせるからね‥‥‥‥‥‥。

 

‥‥‥‥‥‥なにを終わらせるの?

‥‥‥‥‥‥調査?

 

 問い掛けたくても言葉が出てこない。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥おやすみ。

 

‥‥‥‥‥‥待って、行かないで。

‥‥‥‥‥‥なにがあったの?

 

 問いかけは、誰にも届かない。

 そして、麻衣の意識は、白い闇にふわりと溶けた。

 

 

    ※

 

 

 水無月亨の自宅近く、広田は同僚と共に車内で連絡を待っていた。

 他にも、多くの調査員が、周囲に散っている。

 水無月が女性を浚ったという証拠は、未だに、ない。彼女たちが、いま、どこに居るのかも分かっていない。知っているはずの黒衣の青年は、口を割らなかった。

『‥‥‥‥‥‥理解できるとは思いませんので』

 そんな言葉に納得したわけではない。だが、万が一のチャンスが与えられるというのならば、それに賭ける。

 奴は、言った。

『‥‥‥‥‥‥最後の一人は、まだ、生きている』

 どこに、居るのか。

 どうすれば良いのか。

 すべては、奴だけが知っている。

 

‥‥‥‥‥‥ブルルルルル‥‥‥‥‥‥。

 

 携帯が、震えて、広田を呼ぶ。

 

「はい、広田です」

『‥‥‥‥‥‥始めます』

「分かった」

 

 名乗りもしない。確認も取らない。必要最低限のことだけを告げて、奴は、ぶちり、と通話を切った。相変わらずの抑揚のない声は、機械と話しているような気にさせる。

「‥‥‥広田さん、中で動きがあったようです」

 昔の自分と同じ、科学で説明できない出来事に納得のできない新人が、苛立ちを秘めた目で水無月亨の自宅を睨む。

 宅配便や、回線故障などと称して、白く高い壁に囲まれた豪邸の中には、盗聴器や隠しカメラがいくつも仕掛けられている。‥‥‥違法なのは百も承知。だが法の整備を待っていたら救えない命があることも事実だ。

 

『‥‥‥‥‥‥亨、最近、変だよ‥‥‥どうしたの?‥‥‥‥‥‥』

 

 不安げな女の声が、スピーカーから聞こえる。

 雑音が酷いが、聞こえないほどではない。

 

『‥‥‥‥うるさいな。放っておいてくれないか』

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥麻衣が居ないから?そんなにあの子がいいの?どうして?‥‥‥麻衣とあたしとなにが違うの?』

『彼女と君は比べられないよ。‥‥‥彼女は素晴らしい。彼女は闇を照らすために生まれてきた人だ。‥‥‥僕の為にね。だから、誰にも、邪魔はさせないよ』

 

 不意に、雑音が増える。

 遠い、どこかで、誰かが叫んでいるような。

 あるいは、呼んでいるような、高い‥‥‥‥‥。

 

「広田さん‥‥‥これって、悲鳴じゃ‥‥‥」

「静かに‥‥‥‥‥‥」

 

 ぷつり、と音が途絶えた。

 痛いほどの沈黙の中、低い、低い声が‥‥‥。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ミツケタ。

 

 まるで、

 

 耳元で囁かれたように、

 

 響いて、

 

 消えた。

 

 

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