‥‥‥‥‥‥‥third -4
静かな断言に、滝川たちの顔が強ばる。いままで黙って成りゆきを見守っていた者たちも、顔を強ばらせて真剣な顔つきでナルを見つめる。 「‥‥‥‥準備が整った。明日、けりをつける」 視線を浴びながら、ナルは、口元に微かな笑みを浮かべた。 そのあまりに迫力のある冷笑に、周囲の者たちは確信する。
分不相応な望みを抱いた馬鹿の、破滅を。
※
「‥‥‥‥‥‥私も買い出し行きたかったなぁ」 「いまさらなに言ってるの。ぼーずにあれだけ注文つけといて。それとも、ナルが居ないと淋しい?」 麻衣は、真っ赤な顔で口を噤んだ。 勿論、心中で、ナルを罵倒することは忘れない。 (‥‥‥ナルのばかああああぁぁぁぁぁっっっ!) しかし当人は、反応のあまりに出ない調査に飽きたのか、珍しくも買い出し組と一緒に出掛けてしまった。調べることがある、と言っていたが、怪しい。 買い出し組は、ぼーさんとリンさんとジョンとナル。残ったのは、綾子と真砂子と安原さんと、麻衣。 珍しい組み合わせである。はっきりいって、この調査がどれだけ平和かが分かるというものである。綾子が当てになるとはいえ、なにかあった時に戦力となる人がほとんど居ない、ということだ。 ぼーさんは最後まで、なんだか渋っていた。 そして、心配そうな顔で、私を見る。 どうしたの、と聞こうとしたら、ナルが‥‥‥。
「暴走するなよ。暴走したら‥‥‥そうだな、お仕置きしようか」
とんでもないことをほざきやがった。しかも、頬へのキス付き! その後は大変だった‥‥‥。 周囲を石化したナルは、さっさと車に乗り込んで、呆然としている面々に向かって「なにしてる。行くぞ」なんて声を掛けていたが‥‥‥。 それで終わるわけがない。 正気に返ったぼーさんは泣きそうな顔で詰め寄るし、リンさんはなんだか険しい顔でナルになんか言ってたし、ジョンはどうしたらいいのか分からずにおろおろしてたし、安原さんはたのしそーに笑ってぼーさんを煽るし。綾子も、すごく楽しそうに私をからかうし。真砂子は顔を真っ赤にしたまんま、固まったままだったし‥‥‥‥‥‥。 あれで出発が三十分も遅れたのだ。 とりあえず出発したものの、車中は賑やかに違いない。 帰って来てからも‥‥‥たぶん。
「‥‥‥‥‥‥ねえ、綾子。ナル、変だよね」 夕飯用の玉葱を刻んでいた綾子が振り返る。 「‥‥‥まあね」 「あんなことしたらぼーさんが騒ぐの分かり切ってるはずなのになぁ‥‥‥」 なんであんな所であんなことしたんだろう。 いまさらながら気になってしまう。 「帰って来たら聞けばいいじゃない」 それもそうだ。 けれど、ナルたちはなかなか帰って来なかった。
※
「‥‥‥‥‥‥本当にここまでしなければいけないのかしら‥‥‥」 「まあね、私もちょっと納得できない所もあるんだけど、責任者代理の指示だしね‥‥‥で、どうなの?」 夕飯を食べ終わり、お茶を飲んでいた綾子たちの目の前には、ぐっすりと寝入った麻衣が居る。ついさっきまで起きていたのだが、珍しくも綾子が煎れてくれた紅茶を飲んで‥‥‥‥‥‥爆睡。 「もちろん、ここまでしなければいけない相手なんです。それはもうとてもとても危険でして」 にっこりにこにこ笑って言われても、まったく真実味がない。 「‥‥‥まあ、実際の所、どれほど危険か本当に知っているのは所長だけなんですが。でも、その所長が、睡眠薬まで使って、常にない態度を取るんですから‥‥‥」 「まあね、あれはびっくりしたわ。流石に」 「‥‥‥‥‥‥目のやり場に困りましたわ」 しかも囁いた内容も、ばっちり聞こえてしまったのだ。また赤くなった頬をおさえて、真砂子は吐息を吐き出した。 そして、幸せそうな顔で眠っている麻衣の頬をつつく。 「‥‥‥‥‥‥子供みたいな寝顔ですわね」 「ほんと。なんにも考えてなさそうよねぇ」 「‥‥‥‥‥‥だといいんですけど。さすがに夢の中で暴走されたら止められませんし。まあ、そちらはそちらで止めていてくれるらしいんですが‥‥‥。どちらにせよ、早く終わることを祈るだけです。このままだと、谷山さんは、大学にも行けませんからね」 「‥‥‥‥‥‥なんで?」 綾子は眉間に皺を寄せた。 「所長に頼まれて谷山さんの交友関係を洗ったんですよ。広田さん関係で調べて貰うと大げさになるんで。驚いたことに、ここ最近近付いてきた友人とやらは、ほとんどあいつ絡みでしたよ。男女問わず。‥‥‥一部、助教授やらも居ましたけどね。その人たちの素行調査もやれるだけやったんですが‥‥‥いやあ、どきどきしましたよ。なにしろ相手が相手ですからね〜。薬で被害妄想がひどくなっている方も居ますし‥‥‥スリリングでした」 と、言いながら、満面笑顔である。 「‥‥‥‥‥‥あんた、楽しそうよ」 「楽しかったですから」 さらり、と返されて綾子は絶句する。 「尾行している時なんて‥‥‥ああ、もう、とてもとても言葉では言い表せない胸のときめきを覚えました。‥‥‥癖になりそうで困ったものです」 「‥‥‥‥‥‥まったく‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥緊張感無さ過ぎですわ‥‥」 綾子と真砂子は揃って、深い深い吐息を吐き出した。 |
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