‥‥‥‥‥‥‥third -3

 

 途端、脱力されてしまう。

「変なのは、お・ま・え。いきなり立ち止まって、窓硝子の向こうに向かって話しかけたら驚くに決まってるだろうがっっっっ!」

 叫びながら、滝川は麻衣の頭を、ぽんっ、と叩く。

「‥‥‥‥‥‥なにを見た?」

 静かな静かな声に聞かれて、麻衣は、思い出そうとする。だが、つい先ほどまで確かに掴んでいたなにかが、するりと抜けてしまっていた。

「‥‥‥‥‥‥わかんない‥‥‥思い出せない」

「なにも?」

「‥‥‥誰かが‥‥‥呼んだ気がする‥‥‥けど」

 麻衣は、眉間に皺を寄せる。

「‥‥‥‥‥‥なんだか、頭の中に霧が掛かったようで、わかんない。ジーンにも会えないし‥‥‥呼んでるのにな‥‥‥‥‥寝てるのかなぁ」

 でも、なぜだろう。

 すぐ側に居るような気もする。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥変なの‥‥‥」

 首を傾げて、変なの、変なの、とぼやく麻衣は気付いていない。だが、勿論、周囲の人間は気付いている。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥寒いな」

「ええ、本当に‥‥‥‥‥‥」

「勘弁して欲しいわ」

 ますます機嫌の悪くなった博士様の周囲に突如として発生した猛吹雪に晒されて、滝川たちは凍死寸前だった。なのに原因を作った麻衣は、また、ぼんやりと外を見つめている。

 その仕草一つが、どれほどの嵐を生み出すか知らずに。

 

     ※

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥居ない。

 

 ソレは、ひどく、焦っていた。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥居ない。

 

 ソレは、真っ暗な中で、確かに見つけたはずの明かりを求めている。

 だが、応える声はない。

 明かりはない。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥なぜ。

 

 戸惑いと焦りが苛立ちに変わり、怒りに擦り変わる。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥裏切られた?

 

 やっと、やっと、見つけたと思ったのに。

 勘違いだったというのか。

 あの喜びも、あの光りの暖かさも。

 いいや、そんなはずはない。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥あの闇だ。

 

 真っ暗な底なしの、青い闇。

 すぐに、分かった。同じだと。

 同じなら、自分でもいいはずだ。

 光りは照らすもの。明かりは温めるもの。

 それは持って生まれた役割。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ユルサナイ。

 

 ソレは、身を震わせて、目をつり上げた。

 そして、光り射さぬ闇の中で、時を待つ。

 光りが、再び、現れる時を。

 

 

     ※

 

 

 深夜、廃校の一角、ベースにて、秘密会議が開かれていた。

 出席者は、いつものメンバーから麻衣と綾子と真砂子を抜いた、男性陣である。

「ナルちゃんよ、麻衣は、本当にここに居れば大丈夫なのか?」

 滝川が心配そうに尋ねれば、ナルの冷たい視線が返ってくる。

(‥‥‥‥‥‥こわっっっ‥‥‥)

 直撃を受けなかった者たちですら、思わず引いてしまう鋭さに、滝川はすでに切り刻まれてご臨終。

「‥‥‥少なくとも、外に居るよりは安全だ」

 ナルは、ふっ、と視線を外した。なにごともなかったかのように手元のファイルをめくる。

「ま、まあなぁ。確かに、ここは、聖別されている。綾子が居れば、神さんの力も借りられるしな。‥‥‥だが、昼の様子はただごとじゃなかったぞ。すっげえ嬉しそうに呼びかけていたしな」

「それですけど、呼んだのは本当にあいつなんでしょうか?」

「ああ?」

「僕には、なにも感じることはできませんが、谷山さんの本能は、それはそれは優秀なものです。特に害意に関しては、所長のお墨付きですし。害意を隠そうともしないあいつが呼んだからといって、応えるとは思えません」

「しかし、だったら、なんだって言うんだ?」

 安原はにっこり笑った。

「さあ?」

「さあって‥‥‥‥‥‥」

 ぱたん、とファイルが閉じられた。

 

「‥‥‥‥‥‥明日だ」

 

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