‥‥‥‥‥‥‥second -6
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マンションに戻ると、彼らが居た痕跡は綺麗に消されていた。 麻衣は、途方に暮れた顔をして、居間に立ち尽くしている。 「‥‥‥‥‥‥お茶、煎れてくるね」 「‥‥‥‥‥‥ああ」 いつもの会話だ。だが、麻衣の顔色が悪いことに、ナルは気付いていた。 その理由も。 (‥‥‥‥‥‥‥‥‥役立たずめ‥‥‥) 心中で罵倒すると、返る声がある。胸元にしまった鏡を中継して、伝わって来るのは苦笑する気配。 (‥‥‥‥‥‥ひどいな。あれは、僕の責任じゃないよ。だから、止めたのに。接触させると決めたのはナルだろう?) (うるさい) (‥‥‥‥‥‥目的は達成されたみたいだね。奴が、標的を麻衣からナルに移したみたいだ。よほど、目の前で麻衣を連れて行かれたのが悔しかったみたいだね。しかも、ナル、内面はともかく、勝ち誇った顔であざ笑ったし‥‥‥) (‥‥‥‥‥‥来てるのか?) (うん。覗きに来てる。‥‥‥凄い顔で) ナルは、口元に笑みを浮かべた。壮絶な、性質(たち)の悪そうな笑みだ。 (‥‥‥‥ナル、なーに考えてるのかなぁ?あんまり刺激しないでよね。それに麻衣はいま、ただでさえ、彼女たちに干渉されて情緒不安定なんだから。そっと慰めてあげるぐらいにしときなよ?) (‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥) ナルは、無言で、鏡を胸元から取り出す。 (あ、ちょっと、人の忠告は‥‥‥‥‥‥) ナルは意識を、回線を、容赦なく遮断する。 途端、勢い良く溢れる水の音が聞こえてきた。
お茶を煎れる、といってキッチンに入った麻衣は、顔を洗っていた。幾度も、幾度も、幾度も‥‥‥その姿は、異様なほど思い詰めているように見える。 事実、彼女は、いま、普通の状態ではない。 ジーンによって回線を塞がれているとはいえ、すべてを遮断できるわけではない。 水無月亨によって殺された女性たちは、助けを求めて、叫んでいる。その声を、麻衣は聞いている。‥‥‥無意識の内に。 それに同調すればラインが繋がり、奴が現れる。だから、隔離することに決めた。繋がってしまえば、壁も距離も意志も、役に立たない。リンが張った結界も。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥助けて‥‥‥。
闇の中、空中に伸ばされる細く白い手は、自らの血で赤く染まっていた。呼びかける声は、引力を持っている。‥‥‥麻衣は、確実に引きずられるだろう。 呼ぶ彼女たちは、新しい仲間を増やしているのだと気付いてはいない。 それさえも奴の思惑通りなのだと‥‥‥分かることができないほど、歪み、疲れはて、絶望している。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥お兄ちゃん‥‥‥。
ジーンが知らせてこなければ、麻衣も、同じような末路を辿ったかもしれない。 奴を拒絶した麻衣に渡されたグラスには、赤い液体が数滴垂らされていた。もしもあれを飲んでいたら、もしもナルが迎えに行かなければ‥‥。 仮定は仮定でしかない。 ナルは軽く頭を振って、馬鹿な想像を追い払った。そして、未だに背後に立つナルに気付かない麻衣の背に声を掛ける。
「‥‥‥‥‥‥なにをしている?」
顔を洗っていた麻衣の体が、びくり、と震えた。 「‥‥‥‥‥‥カオ‥‥‥洗ってるの‥‥‥」 いま、麻衣は、普通ではない。 奴との接触により、彼女たちに近づき同調して‥‥‥怯えているだけだ。 だから、いまは‥‥‥触れるべきではない。 そう分かっているのに。 「‥‥‥‥‥‥ありがと」 いまにも泣き出しそうな顔で微笑む姿は‥‥‥。 理性をあっけなく崩す。 (‥‥‥‥‥‥どうして分からない?) こんな夜中に、誰の助けも期待できない場所に、どうして黙って付いて来たのか。 鳶色の相貌に浮かぶ絶対の信頼が‥‥‥。 いまは、鬱陶しい。 (‥‥‥‥‥‥ヤメロ‥‥‥‥‥‥) 細心の注意を払って、傷つけないように、頬に、額に、唇に、触れる。 (‥‥‥‥‥‥ダメダ‥‥‥ハナレロ‥‥‥) そう思うのに、彼女が微笑んだ。 「‥‥‥‥‥‥ナル‥‥‥大好き‥‥‥‥‥‥」 ナルは、細い体を荒れ狂う衝動のままに掻き抱いた。 |
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