‥‥‥‥‥‥‥second -3
「麻衣は、なにも知らない。知らせることも、しない。事件を知り、彼女たちのことを知れば、暴走することは分かり切っている。麻衣は、ぼーさん達と一緒に、今回の事件から隔離する。丁度良く、調査依頼も来ている。それを受けてしまえば、ぼーさん達と一緒に居ても不自然には思わないだろう」 「‥‥‥‥‥‥はあ、確かに‥‥‥谷山さんの暴走は恐いですが‥‥‥」 だが、それでも、すべてを秘するのは、珍しい。 と思うのと、同時に、分かる。 そこまで、そこまでするほど、危険なのだ。 ほんの僅かな、情報の伝達による接触すら‥‥‥禁じるほどに。
※
‥‥‥‥最初の被害者は、坂井百合子。二十歳。 友人の紹介で、水無月亨と出会う。その後、幾度か顔を合わせた程度の付き合いで、特に、これといった接触はなし。だが、初めての出会いから一週間経つと、彼女の周囲では、奇妙なことが起こり始めた。
だれかが、覗いている。 窓を叩く音がする。
頻繁に繰り返される訴えに、周囲の者は最初こそ色々と相談に乗っていたが、次第に、彼女自身の気のせい、と言われるようになっていく。だが、彼女の妹だけは、気のせいではない、と言い張り続けた。
なにか、居る。 お姉ちゃんをずっと呼んでた。
だが、妹は‥‥‥わずか十歳。姉妹の訴えは両親にすら届かず、姉は精神科への通院を余儀なくされた。そして‥‥‥鍵の掛かった自室からの、失踪。 彼女の消えた室内は、竜巻が室内に舞い込んだかのように荒れ、床には大量の血痕が残されていた。
‥‥‥二人目の被害者は、赤坂美紀子。二十一歳。 友人と一緒に、水無月亨の主催するパーティに出席。水無月亨の友人と接触。水無月亨自身との接触は確認されていない。 パーティから三日後、帰宅途中、路上にて倒れている所を通りがかりの人間が見つけて、通報。彼女の全身は、鋭い刃物のようなもので切り刻まれていた。 即座に病院に運ばれたが、翌朝、病室から消え失せた。
‥‥‥‥三人目の被害者は、飯塚圭子。二十歳。 水無月亨と同じ大学に通う。同じ講義をいくつか受講しているが、接触の確認はなし。同居している両親に、誰かが見ている気がする、と何度か訴えていた。 外出回数を減らし、夜も出歩かないようにして、友人と遊びに行く回数も徐々に減らして‥‥‥半年後。両親と一緒にデパートに出掛け、試着室に入ったきり、帰って来なかった。 試着室には、彼女の着ていたはずの衣服が散乱し、硝子には、真っ赤な手形が無数に付けられていた。‥‥‥指紋の採取結果は、少なくとも十人以上の人間の者と判明。一致する人物は見付かっていない。
‥‥‥‥四人目の被害者は、永井あかね。十九歳。 兄が水無月亨と同じ大学に通っている。幾度か、大学に訪れている。接触の確認はなし。一年ほど前から、視線を感じる、という不安を兄に告げていた。一月前に、窓硝子を叩く音がする、と両親に訴える。同じ頃、永井家の周囲で、小動物の殺害が繰り返された。娘を心配した両親と兄によって、彼女にはボディガードが付けられた。また、周囲の捜査も始められる。が、該当者が見付かる前に、自室から深夜に失踪。その少し前に、悲鳴を聞きつけた兄が駆けつけたが、扉は固まってしまったかのように開かなかったという。同じく駆けつけた父親と二人で体当たりをしたが、びくともしなかった。 その十分後、家族と駆けつけた警備会社の人間たちの前で、中から弾かれるように扉が開いた。中に駆け込んだ彼らが見たのは、手当たり次第に壊された家具と、彼女が着ていたと思われるパジャマの一部。そして、壁一面に飛び散った、血。血は永井あかねのものと判明。
「‥‥‥‥‥‥凄まじいですね」 報告書に一通り目を通した安原は、吐息を吐き出した。 「ですが、どうも水無月亨との関連付けが薄い気がするのですが」 「‥‥‥‥‥‥分かってる。そんなことは。‥‥‥水無月亨が犯人だと言い出したのは、そいつだ」 「所長が?」 視線を向けた先には、安原が気を利かせて煎れたお茶を飲みながら、書類を読んでいる美貌の青年がいる。こちらに視線一つ向けないのはいつものことなのだが‥‥‥。 (‥‥‥谷山さん、早く、呼び出して下さいよぉぉぉぉぉ‥‥‥) いま、彼らは待機状態なのだ。 麻衣からの連絡が無ければ、動けない。 室内のあまりの寒さに流石の越後屋も、心中で絶叫する。その隣りでは、広田が極寒地に放り出される心地を味わいながら、ぼんやりと、この事件に巻き込まれた経緯を思い出していた。
深夜、突然の電話で叩き起こされたのは、一昨日のことだ。 予想もしない相手からの電話で、最初は、夢かと疑った。いや、悪夢だったらどんなに良かったか。しかも、それからが大変だった。 警視正の娘が、とんでもない状況で誘拐されたことは、極秘中の極秘だ。状況が状況だけに、広田たちも駆り出されていたが、まったくの手がかりなし。すでに一週間が経過している。‥‥‥その間、幾度か、天敵とも呼べる奴等の顔が思い浮かばなかったわけではない。 そして、迷いに迷っていた時に、電話は掛かってきた。 連絡を貰ってから、広田は上司に相談を持ちかけた。そして、なぜか、その件は君に一任するよ、と言い渡された。つまりは、板挟み役を任せられたわけである。‥‥‥それからは、地獄だった。 極秘中の極秘の事柄を次々と言い当て、手がかり一つなく、ばらばらに処理されていた事柄を一つに纏め、関連性を見つけ、さらには犯人と思われる人物を探し出すのに‥‥‥僅か半日。その短さは、驚きを通り越して、空恐ろしいものがあったが、有能なのは確かだ。 だが、しかし、その間の、人使いの荒さ、常より悪い機嫌、さらには状況が好転したと知った途端の上層部の圧力との板挟みに翻弄され‥‥‥広田は、関わったことを心底後悔したのだった。 さらにさらに囮役を依頼しようとした事で‥‥‥揉めに揉めた。 護衛も付けるし、必要なことだから、という理由に広田自身でさえ納得していないのに、どうやって説得しろというのか。 だが、上層部の決定とあっては‥‥‥。 (‥‥‥‥‥‥無事に、頼むから、無事に帰って来てくれっっ!) なにも知らないまま囮役となった少女に、心中で叫んで、広田は、本日何度目か分からない吐息を吐き出した。
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