‥‥‥‥‥‥‥second -2
要は、警察関係に融通の効く力が必要な厄介ごとが起きた。しかも、それは、おそらくは『彼女』に関わることだ。 それは予測ではなく確信に近い。 少なくとも『彼女』絡みであることは、間違いない。それ以外の理由で、テリトリーに他人を入れることを極端に嫌う所長が、こんなことをするわけがない。 「それで、僕は、どんな役割を果たせばよろしいのでしょうか?」 説明の前、にっこり笑って尋ねる安原に、ナルは微かに苦笑した。 「‥‥‥今回の一件は、秘密裏に行う必要がある。同時に、酷く危険なものです。深入りすれば命の危険もあるでしょう」 「いつものことですが、いつもと違う点は?」 一を聞き十を知る安原の的確過ぎる問いに、疲れ果ててソファにもたれていた広田が吐息を吐き出した。いつものことってなんだ、いつものことって、と吐息が語っていたが、誰も反応しない。 「依頼人が居ないことと、現在進行形の犯罪と密接に関わっていること、細かく上げればまだあるが‥‥‥」 「犯罪の種類は?」 「殺人と誘拐と麻薬密売」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥それはそれは豪勢ですねぇ。それで、それが谷山さんとどう関わるんですか?」 「‥‥‥‥‥‥」 説明前に核心ばかりついてくる安原を、深い漆黒の眼差しが見返す。 「その前に、約束をして下さい。今回の一件は非常に危険です。決して単独で動かないことと、連絡を絶やさないこと、深入りしないことを‥‥‥」 「誓います」 「‥‥‥‥‥‥安原さん‥‥‥」 あまりにあっさりと言葉を遮って誓った安原は、吐息を吐き出しそうな上司に真摯な眼差しを向ける。 「大丈夫です。危ないな、と思ったら、さっさと逃げますから。だから、話しを進めて下さい。第一、ここまで聞いて、関わらずに帰ったら、気になって気になって眠れません。不眠症になるよりは、ちょっと危険でも、協力して事態を把握していた方が遥かにましです」 にっこりと笑う安原に、ナルとリンは微かに苦笑する。そして、同席したくないのに同席している広田は‥‥‥‥‥‥。 深い深い、地の底まで落ちそうな吐息を吐き出した。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥分かっているだけでも、水無月亨の周囲では、四人の女性が姿を消している。いずれも二十歳前後。家出をする理由はなく、家族が捜索届けを出している」 並べられる資料に、安原は目を剥いた。 守秘義務とやらはどこにいったんでしょうねぇ、という目つきで見やると、広田は苦虫を山のように口に含んだような顔をしている。だが、自分からは理由を言い出さない。‥‥‥言いたくないのだろう。 書類に目を通して、安原は、目を瞬いた。 (‥‥‥なるほど‥‥‥) 「‥‥‥最後のお嬢さん絡みなんですね」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 広田は眉間の皺を深くした。 写真の中で、長い黒髪の女性が微笑んでいる。美人だ。だが、問題なのは容貌ではない。彼女の履歴、特に、父親の肩書きが問題だった。
永井俊彦。警視庁勤務。
「‥‥‥階級は?」 「‥‥‥‥‥‥警視正だ」 それで、この、特例事態となったらしい。どこでも身内には甘いものだし、分からない感情でもない。安原だとて、赤の他人が誘拐されれば、可哀想だな、ぐらいしか思わない。だが、それが、仲間だとしたら‥‥‥。 不意に、嫌な予感がした。 「‥‥‥‥‥‥所長、そういえば、谷山さんはどうされたんですか?」 あの美味しいお茶が飲みたいなぁ、と付け加えれば、室内の気温が一気に下がった。氷点下を記録しているに違いない。 「‥‥‥谷山さんは‥‥‥水無月亨の主催するパーティに出席している‥‥‥」 答えたのは広田だった。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 安原は絶句する。 「‥‥‥護衛に三人付けている。連絡が来たら、迎えに行く手はずだ」 「ちょ、待って下さいよ。もしかして、谷山さん、一人で行かせたんですか?」 他のメンバーが一緒ならまだましだが『普通』の護衛など役には立たない。役に立たない事態があるのだと、安原は身を持って知っている。 「私の式を飛ばしてあります」 リンが静かに付け足す。 「‥‥‥でも‥‥‥なんで、また、そんなことを」 「‥‥‥‥‥‥確証がないからだ。彼女が狙われている、という明確な証拠がない。水無月亨は、谷山さんにまだ接触していない」 違うな。 安原は、理由を告げながら眉間をひくひくさせている広田の態度で、まったく違う理由からこの事態が起きたのだと推測した。
生きているのか。 死んでいるのか。
それは、分からない。いや、もしかしたら、すでに、分かっているのかもしれないが、決定付ける証拠がいる。水無月亨とやらを、連行する口実は、喉から手が出るほど欲しいに違いない。 「‥‥‥‥‥‥広田さんに言っても仕方ないですね。ともかく谷山さんが無事に戻って来ることを信じましょう。‥‥‥‥‥‥それで、僕は、なにをすれば?」 本職の刑事たちが動いている以上、安原にできることはたかが知れている。 「‥‥‥‥‥‥その前に、もう一つ」 冷え切った声に顔を向ければ、無表情なのにすさまじい気迫を周囲に放つ壮絶な美貌がある。馴れているはずの安原さえも、瞬時に凍らせるほどだ。 |
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