‥‥‥‥‥‥‥finish -2
鳶色の目が、揺らぐ。 あの、揺らぎだった。 時折見せていた‥‥‥見ないふりをしていた‥‥‥けれど、疑わずにはいられなかった、あの‥‥‥‥‥‥。 「‥‥‥‥‥‥不安、だったのか‥‥‥‥‥‥」 「うん。ナルが、どう思ってるかなって思うと‥‥‥不安。たまに泣きたくなる」 「‥‥‥‥‥‥そうか」 ナルは、口元に笑みを刻んだ。 「‥‥‥‥‥‥なんで、そこで、笑うかな?」 「麻衣が可愛いから」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 麻衣は絶句した。そして次の瞬間、ぼっ、と火がついたように頬を赤く染める。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥してる」
茹で蛸になった麻衣の耳元で、ナルは静かな声で告げた。いつもと変わらない抑揚のない声で、信じられない言葉を。 「‥‥‥‥‥‥嘘‥‥‥‥‥‥」 「嘘だと思うのか?」 「‥‥‥‥‥‥ほんと?‥‥‥‥‥‥」 「さあ?」 すでにいつものナルに戻っている。そのことが酷く悔しくて、麻衣は、また、ぷくりと頬を膨らませた。そして‥‥‥気付く。 「そーいえば、私、何日寝てたの?」 ナルは眉間に皺を寄せた。 「‥‥‥‥‥丸二日。暴走するなと言っただろうが。どこでなにをしていたんだ?」 麻衣は、きらり、と目を輝かせた。 「‥‥‥‥‥‥ジーンは、なんて?」 「麻衣に聞け、と」 「‥‥‥‥‥‥なるほど。そう来たか」 「‥‥‥‥‥‥麻衣」 底冷えのする声で呼びかけられて、麻衣は笑った。 「な・い・しょ」 ささやかな逆襲に、ナルの目がすうっと細められた。 「そんなことより、調査はどうなったの?」 「‥‥‥‥‥‥続行中だ」 「それ、無駄」 麻衣はきっぱりと言い切った。 「あのね、校舎が寂しがってたの。だから、昔の楽しい思い出に浸っていただけなんだって。でも、いまは、わたしたちが居て、賑やかで、楽しいんだって。だから、なんにも起こらないよ」 「‥‥‥‥‥‥校舎が?」 「うん。物も古くなれば魂が宿るってやつだね」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥だから、もう少ししたら、ここ、にぎやかになるでしょ?そうしたら、もう二度と、なんにも起こらないよ。あ、花火が虹色だったのは、虹と花火を掛け合わせたせいだって。一度見せたら凄く好評で、わざわざ見に来る人が居たから、何度も見せてあげたんだって‥‥‥‥‥‥頼めば見せてくれると思うけど‥‥‥」 眉間に皺を寄せたナルは、大きく息を吐き出した。 「‥‥‥‥‥‥頼まなくていい」 「そう?珍しいね」 「‥‥‥‥‥‥撤収するぞ」 「りょーかい」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥そんな和やかな(?)会話が交わされているとは知らず、扉の外では、正気に戻った滝川が暴れていた。ついでに、安原たちによって取り押さえられていた。 「やっぱり、納得いかーんっっっっっっっっ!」 「いまさらなにを仰るんですか。まったくノリオったらお茶目さんなんだから」 「麻衣っっっっっ早まるなっっっっっっっ!」 「往生際が悪い坊主ねぇ」 なんだかんだと騒いでいると、ナルと麻衣が揃って出てきた。 そして‥‥‥‥‥‥麻衣の証言に、揃って疲れ果てた。 あのリンさえも。
そして、機嫌の悪いナルに急かされるように、慌ただしく撤収作業が始められ、いつにない早さで完了した。村長の息子も見送りに来ていて、なんだか嬉しそうに笑っている。 報告を聞いた時から、そんな感じだ。 「‥‥‥‥‥‥嬉しそうですね」 安原が突っ込まなくていいのに、突っ込む。 「そりゃなあ、俺もあの校舎に通った人間だからなぁ。あの校舎は不思議なことがたくさんあった。二階から落ちたケンちゃんが、落ちた瞬間に地面がやわらこうなったって言うとったし、窓硝子に突っ込んだナナミも、かすり傷一つなかったしなぁ。‥‥‥山で迷子になった俺も、気が付いたら校舎の中で寝てたことがあるしな。実は、取り壊すっていう話も出ててな‥‥‥それで村興しの一環にかこつけて木彫り工場にすることにしたんだ」 「‥‥‥‥‥‥そういうことは早く言って下さい」 「命の恩人を売り飛ばすことはできん。‥‥‥良かった良かった‥‥‥」 聞いていた全員がさらに疲れたことは言うまでもない。 前回の廃校舎の事件と違って、悪意があって黙っていたわけではないが、悪意がないぶん‥‥‥怒れないので性質が悪いというか‥‥‥‥‥‥。
撤収作業も終わり、挨拶も終わり、面々は車に乗り込んだ。前のワゴンには、リンとナルと麻衣と安原。後ろの乗用車には、滝川と綾子とジョンと真砂子という組み合わせである。 「‥‥‥‥‥‥やっと、帰れるね」 後部座席に座り込んだ麻衣は、隣のナルに話しかけるが、答えは返ってこない。代わりに、珍しく、口元に微かな笑みが浮かんだ。 珍しい反応に、麻衣は目を瞬いた。 そして、慌てて、視線を外に反らす。赤くなった顔を見られないために。 |
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