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     ※

 

 

「はい、今日のデザートは、麻衣の大好きな特製苺パフェだよ」

 食事の終わった麻衣の前に、ジーンは綺麗に飾り付けたパフェを差し出した。

「‥‥‥凄い。ジーンって‥‥‥すごーい」

「アイスも僕特製だから、安心して食べてね」

「はい」

 目をきらきらさせた麻衣は、握りしめたスプーンで、恐々と端から崩していく。

 そして、口にアイスを含んで、ふにゃん、と顔をとろけさせた。

「美味しい?」

「‥‥‥すっごく美味しい‥‥‥」

 美味しそうに食べる麻衣を楽しく見守りながら、ジーンの思考は、また、雨の日に戻っていく。

 あの時、麻衣が、混乱してて良かった、とジーンは思う。なにしろ、室内は、酷い有り様だったから。

 いかにも生活荒れてます、といった部屋を見たら、麻衣はきっと哀しんだだろう。麻衣が寝ている間に、必死に部屋を片づけたが、間にあって良かった、と心底思う。

 特に台所は、もう、凄い、なんてものではなかった。

 冷蔵庫は水だけ。

 あとはレトルト食品と、コンビニ弁当の空ばかり転がってて。

 かろうじてココアとレトルトのお粥が残っていたのは、本当に有り難かった。

 まあ、でも、女を連れ込んでいたりしなかっただけ、ましかな、とも思う。

 そんな所は絶対に見せられない。

 ふらふらとそっちによろめきそうにはなったのだが、そんなことをする気力もなかったのだ。不幸中の幸いとは、まさにこのことである。

 

‥‥‥あれからジーンは、必死に勉強した。

 あれほど必死になにかを学ぼうとしたのは、初めてだったかもしれない。

 まず始めに、あちらの文字。

 麻衣に教えて貰って、ともかく、書いて、覚えた。それからは、こちらの知識をともかく幅広く学んだ。

 政治、気象、農業、科学、工芸、覚えることも学ぶことも信じられないほどたくさんあった。麻衣も、一緒に、いろんなことを学んだ。

 なにか手助けできることがあれば、とただそれだけの為に、ともかくなにかがしたかった。その努力は、無駄にはならず、こうして、麻衣が、毎月訪れることを、ナルだけではなく、周囲の者も認めてくれるきっかけになった。

 今頃、書斎には、麻衣が抱えられなかった荷物が、山のように積まれている事だろう。そして、ジーンが取り寄せたこちらの書籍も山のように積まれている。

 その中からジーンは、情報を選別し、まとめて、ナルに送る。ナルはその中からさらに選別して、応用できる知識を使う。

 最近は、ナルがあちらで見付けた信頼できる人とも、手紙で連絡を取っている。

 ナル曰く、世渡りは下手だがそこそこ使える有能な男、らしい。会ったことはないが、伝え聞く話を聞くと、なかなかの人物らしいが‥‥‥‥。

 まあ、もっとも、麻衣は滅多に人を悪く言わないので、五割ぐらい減点する必要があって‥‥‥差し引くと、ナルにこき使われても大丈夫な頑丈な男、という所だろう。なかなか貴重である。

 

「‥‥そういえば、治水工事はうまくいった?」

 麻衣の好きな桃のジュースを注ぎながら聞くと、はい、と明るい返事が返って来る。

「ジーンが色々と調べてくれたおかげで、工期が半分に短縮できて、みんな、大喜びです。これで、雨期も大丈夫です」

「そう、良かった。あとは、潅漑設備をなんとかしないとね」

「はい。‥‥‥でも、無理はしないで下さいね」

「分かってるよ。僕は仙じゃないからね。気を付けます」

 神籍に入り無理ができる体になったとたんに、無茶苦茶無理をするようになったらしいナルの側に居るせいか、麻衣は健康に敏感だ。無茶は駄目、と泣きそうな顔で訴えられるので、健康には気を付けている。

 

 朝も起きるし、ご飯もちゃんと食べる。

 なによりも、どうして、生きなくてはいけないのか分かっている。

 

「‥‥‥ねえ、麻衣。正直に答えてね」

「はい」

「僕が居なくて‥‥‥少しは寂しい?」

 麻衣は、目を大きく見開いた。そして、少しだけ、目を伏せて、はい、とうなづく。

「‥‥‥いけないことだと思うけど‥‥‥すごく、すごく、寂しいです」

 

 そう言って、泣きそうな顔をする可愛い子の為に、僕は生きている。

 彼女を哀しませないために。

 彼女に会うために。

 そして、ただ、それだけでもない。

 

 ナルと交わした約束は、実は、もう、果たされている。ナルは、ただの人間が、あちらに渡る方法を探し出した。

 だが、それは、様々な犠牲を必要とするし、こちら側の都合もあるから、実行されていないだけに過ぎない。

 けれど、いつか、僕は、止める手を振り切るだろう。どんなきっかけが、背中を押すかは分からないけれど。それでも、なにもかも捨てても、選ぶべきだと、分かる。

 

 

 

 

 生きていく為に。

 幸せになる為に。

 

 

 

 

 

『‥‥‥私たちのことは、気にしなくていいのよ』

『君が、幸せになることを望んでいるよ』

 

 優しい優しすぎる人たちに会えなくなるのは、哀しいけれど。それでも、僕は、いつか、この世界を捨てる。

 

「‥‥‥ジーン?」

 

 この腕の中の暖かい柔らかい大切な存在を、守るために。あちらで待っていてくれる片割れにもう一度会うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 僕らの王國へと、

 たどり着く為に‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

 

 

 

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