‥‥‥‥‥‥‥kd-9-2

 

 

 

 ジーンは、青色のエプロンを外して、いそいそと玄関に向かう。

 鏡でのチェックも忘れない。最近、酷く忙しくて、ちょっと寝不足ぎみなのだ。心配はさせたくないので、昨夜は睡眠をたっぷり取った。

「うん、大丈夫だな」

 そこには、満面の笑みを讃えた、幸せそうな男が立っている。また、笑えるなんて、思いもしなかったけれど、笑っている。

 これも、みんな、彼女のおかげだ。

 

 ジーンは、逸る気持ちを抑えて、そっと、扉を開ける。たくさんの荷物を抱えているだろう彼女を、驚かさないように。

 そして、出迎えの言葉は、いつも、同じ。

 いつまでも、いつまでも、同じ。

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥おかえり、麻衣」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼女の返す言葉も同じ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、ジーン」

 

 

 

 

 

 

 

 返る微笑みも、いつも、同じ。

 そして、ジーンは、彼女の細い腕から、山のような荷物を引き受ける。

 遠く離れていても人使いの荒い弟からの、一月分の宿題である。これをこなすだけで、ジーンはへろへろである。だが、これをきちんとこなしている間は、なにも考えずに済むし、終わる頃には麻衣に会えるので、いま、普通に暮らしていられると言っても過言ではない。

 もしかしたら、これは、ナルの思いやりかな、と思うこともある。でも、それにしては、段々と要求が厳しくなるのが‥‥‥。

 

「ジーン?大丈夫?疲れてる?」

「ううん、平気だよ。ささ、中にどうぞ、お姫さま」

 

 満面の笑みを浮かべて、ジーンは麻衣を、中に招き入れた。一月ごとに帰って来てくれる、大切な大切な闇を照らす明かりを。

 

 

 

 

 

(‥‥‥ああ)

 

 

 

 

 

 彼女が、そこに居る、それだけで、世界が明るくなるのを感じる。どうして、朝、起きなくてはいけないのかが分かる。どうして、生きていかなくてはいけないのかも、分かっている。

 

 彼女に会うために。

 彼女を哀しませないために。

 ただ、そのために、いま、生きているのだ。

 

 

 

     ※

 

 

 

「わあ、美味しそう」

 大喜びしてくれる麻衣を、ジーンはいそいそと椅子に座らせる。

「はい、座って、座って。なにから食べる?」

「‥‥‥えとえと‥‥‥ええと」

 真剣に困っている麻衣は、可愛い、とジーンは思う。もっと、うんと困らせたくなるが、まだまだ出番を待っている料理があるので、とりあえず、スープを奨める。

「とりあえず、スープを飲んで?」

「うん」

「自信作のかぼちゃスープなんだけど、どう?」

「美味しい。‥‥‥ジーンは?」

「もちろん、一緒に食べるよ」

 にっこり告げると、麻衣は本当に嬉しそうに笑う。ぎゅっっっ、としたくなるのが、困りものだが、やっぱり、麻衣は、笑っていた方がいい。

(‥‥‥泣き顔も可愛いけどね)

 麻衣が大泣きした時のことを思い出して、ジーンは心中で苦笑する。

 麻衣には絶対に言えないけれど、麻衣が大泣きしてここに帰って来た時、ジーンは、嬉しくて嬉しくて仕方なかったのだ。麻衣が泣いているのに、片割れが色々と苦労しているのに、それでも、嬉しかった。

 反乱を企てた愚か者にすら、感謝してしまうほどに。

 

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