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------------その日は、雨が降っていた。

 しとしとじめじめ、すぐに憂鬱になるジーンにとっては、最悪な日である。

 外での用事もあったのだが、早々にキャンセルした。そして、ふて寝をしていたら、インターホンが鳴った。

 最初は無視していたが、いつもなら絶対に出なかっただろうが、なんとなく、そう、本当になんとなく気まぐれを起こして、出たら‥‥‥。

 か細い、声が、聞こえた。

 間違えるはずのない、愛しいあの子の声が。

『‥‥‥ジーン‥‥‥』

 迎えに飛び出せば、雨に濡れて凍えた小さな体が飛びついて来た。

 あまりの喜びに、泣きそうになったけれど、小さな体のあまりの冷たさが、震える肩が、青白い顔色が、泣いている場合ではないと教えてくれた。

 それからのジーンの行動は素早かった。

 いままでのだらけた生活が嘘のように。

 手早くお風呂を沸かして麻衣を放り込み、その間に着替えと簡単な食事を用意して、お風呂から上がった麻衣の髪を乾かす。それからご飯を食べさせて、温かいココアを飲ませて、とりあえず、寝かせつけた。

 麻衣は、なんとか事情を話そうとしたが‥‥‥。

 話せるような状態ではない、と判断したジーンは、明日聞くから、とともかく休ませた。勿論、隣りで添い寝した。

 ナルに悪いかな、と思ったが‥‥‥。

 目を離したら、消えてしまいそうで‥‥‥。

 それに、本当のことを言えば、事情なんか、どうでもよかった。

 安心しきって、丸くなって眠っている麻衣を見ていたら、もう、なにもかもがどうでも良い気がした。

 すぐに居なくなる、と分かっているのに。

 それでも。

 

 

 

 

 

 外は、未だに、雨が降っている。

 しとしとじめじめ鬱陶しいはずだ。

 なのに、どうしてだろう。

 世界が、視界が、晴れ渡っている気がした。

 

 

 

 

 

 でも、本当に、世界が変わったのは、ジーンが変わったのは、麻衣からなんとか事情を聞き出した後だった。麻衣はなんとかごまかそうとしたが、ジーンは赦さなかった。そして、反乱が起きて、とても大変だと知った。

 

「‥‥‥あ、足手まとい‥‥‥だから‥‥‥ジ‥‥‥ジーンの所に行ってろって」

 麻衣は、ぼろぼろと泣きながら、語った。

「わ、私‥‥‥側に居たいって‥‥‥でも‥‥‥」

「ナルは麻衣が大切なんだよ」

 麻衣は、こくこく頷いた。

「わ、分かって‥‥‥ます。私‥‥‥私が死ねば‥‥‥ナルも死ぬから‥‥‥何回も狙われて‥‥‥だから‥‥‥だからだって‥‥‥」

 ジーンは、目の前が、赤く染まるのを感じた。

 血をぶちまけたように。

 見知らぬ誰かが、この可愛い生き物を殺そうとしている‥‥‥。そんなことを、そんなことを考える奴が居る所に、麻衣は居るのだ。

 そして、大切な片割れもそんな所に居る。

(‥‥‥なんてことだ)

 いままで、自分は、なにをしていたのだろうか。

 辛い、哀しい、と嘆いてばかりで、なにもしなかった。遠く離れていて、なにもできない、と諦めていた。本当に、なにもできないか、考えもしないで。

(‥‥‥ごめん)

 泣いて泣いて、目が溶けてしまうのではないかと思うほどに泣く大切な少女を抱き締めて、ジーンは、心中で謝った。

 辛かっただろう。

 哀しかっただろう。

 けれど、手紙には、苦しみの欠片もなかった。

 そんな手紙を書かせたのは、自分だ。

 聞いても、大丈夫。

 相談に乗るよ、とどうして返事を出さなかったのか。

 麻衣からの手紙を読んだ後、返事を書いて、横に置いておくと、知らない内に届けられていた。

 つまり、いつだって、連絡は取れたのだ。

 ただ、遠い遠い場所に居るだけだったのに。

 ただ、会えないだけだったのに。

 ただ、それだけだったのに。

 

 

 

 

 

「‥‥‥麻衣、あちらのことを僕に教えて。僕も手伝うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 いいや、違う。

 言いたいのは、こんな言葉じゃない。

 本当は、こう言いたい。

 

 どうかあちらのことを僕に教えて下さい。

 僕に手助けをさせて下さい。

 二人が遠くに居るだけだと、思わせて下さい。

 そうすれば、僕は、生きていける。

 きっと、ずっと、生きていけるから‥‥‥。

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