‥‥‥‥‥‥‥kd-9-1

 

 

 

 

 彼らが消えて、一年が経った。

 あまりにあっけなく訪れたので、日付が間違っているのではないか、とジーンはカレンダーを疑う。だが、日付は、あの日だ。間違いなく。

「仕方ない、かな」

 一人ではあまりに広いマンションに、誰も聞く者の居ない声が響く。

 あまりに広くて寂しいので、引っ越そうと思ったこともあったが、結局は離れられなかった。そこにあるのが、取り戻せない夢の残滓だと分かっていても、縋らずには居られないのだ。

 それに、彼らが居なくなってから、半年ぐらいのことをジーンはほとんど覚えていない。最初の一週間は、周囲の者に心配させたくなくてなんとか踏ん張ったが、反動で、酷い鬱状態になってしまった。

 朝、起きれないのだ。

 どうして、起きなくてはいけないのか、と思ってしまう。どうして、生きなくてはいけないのか、と思ってしまう。

 それでは、いけない、と分かっているのに、心は凄まじい勢いで、負の方向へと傾いていった。

 それをかろうじて支えていたのは、月に一度、必ず届けられる手紙だった。いつ届くのか、どうやって届くのか、それは分からない。彼女を守っていた獣が、たぶん、届けていたのだろうが。

 手紙には、近況が、彼女のつたないひらがなで書かれている。

 元気で居る、大丈夫、とそればかり書いてある。

 だから、きっと、大変なんだと思った。

 彼女が、心配を掛けるようなことを、不安にさせるようなことを伝えるはずがない、と分かっているから、余計に心配だった。

 片割れのように、届いた手紙からなにかが分かれば、と思わないでもない。

 だが、助けに行けないのに、知るのは、余計に、辛い。なにも、できない、と思い知るのは、痛い。

 

「‥‥‥でも、一応、記念日だよね」

 

 ジーンは、今日の日付に赤いペンで花マルをつけてみた。自虐的だが、まあ、いいだろう。

 別れた日であると同時に、新しい旅立ちの日でもあるのだから。

 

 それに、いまのジーンには、心の支えがある。

 片割れと交わした約束も、あの子と過ごした至福の日々も、確かに支えではあるが、それよりももっと確かなものが。

 それは、一月前に、唐突に降って来た幸運だった。相手にとっては不運だろうが、ジーンは神様に感謝したくなった。

 それから、彼女は、たまに、ここを訪れてくれる。それが、それだけが、いまのジーンの生きる支えすべてだ。

 そして、今日、彼女はここに来る。

 約束したのだ。

 だから、たくさんのご馳走を作って、待っている。

 

 

 

------------ピンポーン。

 

 

 

 インターホンの音が響いた。

 合い鍵を渡しているのに、彼女は、いつも、インターホンを鳴らす。

 礼儀正しいのだ。

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