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     ※

 

 

 不意に黙ってしまったルエラの前で、麻衣はそっと胸を抑えた。

 ルエラは、とても、優しい。優しくしてくれる。

 けれど、ルエラの側にいると、胸が、痛い。

 縋り付いて、許しを乞いたい気持ちが、沸き上がる。

 でも、そんなこと、できない。

 しては、ならない。

 優しいルエラを困らせるだけだから。

 許せるはずのないことだと分かっているから。

 

『麻衣!麻衣を放してっっ!』

 

 どうして、私は、同じことを繰り返してしまったのだろう。

 月影の道を辿る時、分かっていたはずだ。

 誓ったはずだ。

 

 主となるべき人がこちらから消えて、悲しむ人が一人でも居たのならば、決して、連れ去るようなことはしない、と。

 

 なのに、この、忌むべき結末。

 もはや、どう足掻いても、どうにもならない。

 たとえ、いま、麻衣が死んでも、巻き添えにナルを殺してしまう。

(‥‥‥なぜ、私を、救ったのですか?)

 命を救い、至福と絶望を与えた主を、憎むことができれば、あるいは、楽だったかもしれない。

 だが、憎むことなどできるはずもない。

 ただ、愛しい。

 側にあることが、嬉しい。

 優しい人たちを悲しませると分かっているのに、ずっと側に居られると浅ましく喜ぶ自分が、確かに、存在するのだ。

 

「‥‥‥麻衣ちゃん、私ね、あなたに話しておきたいことがあるの」

 

 柔らかな声音が、意識を揺さぶった。

 己の殻に閉じこもり鬱々としていた麻衣は、はっ、と我に返った。そして、優しい、とてもとても優しい人を‥‥‥見つめることはできなかった。

 

「‥‥‥ありがとう」

 

 罵倒を覚悟した耳に、優しい声が、ふわりと届く。

 

「‥‥‥迎えに来たのが、あなたで、とても嬉しいわ。あなただから、私は、私たちは、ナルとの別れを覚悟する時間が貰えたわ」

 

 別れの覚悟も与えられず、理由も説明されず、わが子を奪われた哀しい人の話をルエラは聞いている。酷い話だ。だが、迎えに来たのが麻衣でなければ、ルエラも、同じ思いを味わったかもしれない。

 

「ナルを、お願いね。‥‥‥それでね、もし、もしも出来るのならば、たまにでいいから、あなた達がどうしているか教えて欲しいの。できるかしら?」

「‥‥‥はい」

「無理はしちゃ駄目よ?本当にたまでいいから」

「はい‥‥‥必ず、お届けします」

 

 硬い顔でうなづく麻衣の頬にそっと触れて、ルエラは苦笑した。

 こんなこと、言うべきではなかった、と思う。

 責任感と、罪悪感に苛まれている少女は、ルエラの望みを叶えるためには、かなりの無理を通してしまうだろう。ただ一途に、償おうとしてしまう。

 それでは、駄目だ。

 望んでいるのは、そんなことではないのだから。

 

「いまのは、なし。お願いを変更してもいい?」

「‥‥‥‥‥‥はい」

「幸せになりなさい」

「‥‥‥‥‥‥」

「あなたが幸せであることが、ナルの幸せだから‥‥‥どうか、幸せに」

 柔らかい腕に包まれて、麻衣は、目を閉じる。

 そして、小さく、頷いた。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい」

 優しすぎる人の、あまりに優しすぎる言葉に、震えながら‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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