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不意に黙ってしまったルエラの前で、麻衣はそっと胸を抑えた。 ルエラは、とても、優しい。優しくしてくれる。 けれど、ルエラの側にいると、胸が、痛い。 縋り付いて、許しを乞いたい気持ちが、沸き上がる。 でも、そんなこと、できない。 しては、ならない。 優しいルエラを困らせるだけだから。 許せるはずのないことだと分かっているから。
『麻衣!麻衣を放してっっ!』
どうして、私は、同じことを繰り返してしまったのだろう。 月影の道を辿る時、分かっていたはずだ。 誓ったはずだ。
主となるべき人がこちらから消えて、悲しむ人が一人でも居たのならば、決して、連れ去るようなことはしない、と。
なのに、この、忌むべき結末。 もはや、どう足掻いても、どうにもならない。 たとえ、いま、麻衣が死んでも、巻き添えにナルを殺してしまう。 (‥‥‥なぜ、私を、救ったのですか?) 命を救い、至福と絶望を与えた主を、憎むことができれば、あるいは、楽だったかもしれない。 だが、憎むことなどできるはずもない。 ただ、愛しい。 側にあることが、嬉しい。 優しい人たちを悲しませると分かっているのに、ずっと側に居られると浅ましく喜ぶ自分が、確かに、存在するのだ。
「‥‥‥麻衣ちゃん、私ね、あなたに話しておきたいことがあるの」
柔らかな声音が、意識を揺さぶった。 己の殻に閉じこもり鬱々としていた麻衣は、はっ、と我に返った。そして、優しい、とてもとても優しい人を‥‥‥見つめることはできなかった。
「‥‥‥ありがとう」
罵倒を覚悟した耳に、優しい声が、ふわりと届く。
「‥‥‥迎えに来たのが、あなたで、とても嬉しいわ。あなただから、私は、私たちは、ナルとの別れを覚悟する時間が貰えたわ」
別れの覚悟も与えられず、理由も説明されず、わが子を奪われた哀しい人の話をルエラは聞いている。酷い話だ。だが、迎えに来たのが麻衣でなければ、ルエラも、同じ思いを味わったかもしれない。
「ナルを、お願いね。‥‥‥それでね、もし、もしも出来るのならば、たまにでいいから、あなた達がどうしているか教えて欲しいの。できるかしら?」 「‥‥‥はい」 「無理はしちゃ駄目よ?本当にたまでいいから」 「はい‥‥‥必ず、お届けします」
硬い顔でうなづく麻衣の頬にそっと触れて、ルエラは苦笑した。 こんなこと、言うべきではなかった、と思う。 責任感と、罪悪感に苛まれている少女は、ルエラの望みを叶えるためには、かなりの無理を通してしまうだろう。ただ一途に、償おうとしてしまう。 それでは、駄目だ。 望んでいるのは、そんなことではないのだから。
「いまのは、なし。お願いを変更してもいい?」 「‥‥‥‥‥‥はい」 「幸せになりなさい」 「‥‥‥‥‥‥」 「あなたが幸せであることが、ナルの幸せだから‥‥‥どうか、幸せに」 柔らかい腕に包まれて、麻衣は、目を閉じる。 そして、小さく、頷いた。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい」 優しすぎる人の、あまりに優しすぎる言葉に、震えながら‥‥‥。
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