‥‥‥‥‥‥‥kd-7-3

 

 

「‥‥‥ああ、やっと、片づいたわ」

 明日帰国するルエラは、山のようになった土産物をなんとか片づけて、息を吐き出した。勿論、ほとんどは航空便で送ってしまうつもりだが、量が半端ではないのだ。

 段ボール箱に詰めるだけで、一苦労である。

「麻衣、ありがとう。喉が乾いたでしょ?なにか飲みましょう」

 ルエラは、荷造りを手伝ってくれた少女を振り返る。そして、鳶色の眼差しが、微かに揺れていることに気が付く。

 麻衣は、いつも、そうだった。

 皆で居る時は、明るく笑っているが、ルエラと二人きりになると、途端に、大人しくなってしまう。どうしたらいいのか分からない、と揺れる瞳が語っている。

「なにがいいかしら?」

 ルームサービスを頼もうと英語のメニューを見せる。だが、麻衣は、首を横に振った。

「‥‥‥ごめんなさい、読めないんです」

 申し訳なさそうに呟く姿を見て、思い出す。

(‥‥‥ああ、そうだったわ)

 彼女は、英語を知らないのだ。

 それどころか、人間でもないのだ、この少女は。

 

----------麒麟。

 

 それがどんな生き物なのかは、ナルとジーンに説明されて、理解はしている。そして、それが本当なのだと分かるのは、皆で話している時だ。

 彼女の話す言葉は、誰にでも通じる。

 ルエラには、英語に聞こえた。

 だが、英語が苦手だと笑っていた人たちにも、通じている。

 彼らには日本語として聞こえているようだ。

 

----------神獣。

 

 そういう生き物なのだ、彼女は。

 初めて彼女のことを聞いたのは、滅多に帰らない息子が、帰国した日のこと。

 息子は、ルエラたちに、別れを告げに来た。

 二度と会えない可能性が高い、といつものようにさらりと告げた。

 それは、許可を求める言葉ではなかった。

 間近に接して育てたルエラとマーティンだからこそ、分かる。

 彼は、もう、決めてしまっていた。

 その意志を覆すことも曲げることも酷く困難だと。

  

「‥‥‥諦めなさい、ルエラ」

 だが、簡単に諦められるわけがない。なんとかならないか、と泣きついたルエラに、夫は、微かな笑みを浮かべて、首を横に振った。

「‥‥‥ナルの気持ちは良く分かるよ。千載一遇どころか、奇蹟のような機会だ。簡単ではないだろうが、硬直した現状を吹き飛ばす材料が、手に入るかもしれない。そんな機会を、あの子が、逃すわけがないだろう?いや、あの子だけじゃない。研究者ならば、誰でも、心を揺らすだろうね」

 夫の言葉が、信じられなかった。

「‥‥‥あなたも、行きたいの?」

 恐る恐る尋ねた問いに返って来たのは、優しい微笑みだった。

「勿論。‥‥‥君が、迎えに来てくれるならば」

 だから、諦めなさい。快く行かせてあげなさい、と諭されて、頷かないわけにはいかなかった。

 そして、その決意は、少女に出会って、確信に変わる。

 

 あのナルが、意志を曲げる、ということ。

 あのナルが、側に置く、ということ。

 そして、時折、酷く優しい視線を、向けているということ。

 

 それを確認してしまえば、反対などできるわけがない。

 研究の為、と言いながらも、確かに、それは大切なのだが、それと同じほど、あるいはそれ以上に、ナルにとって少女は必要なのだ。

 

----------生きていく為に。

 

 いや、それは、微かに違う。

 喪っても、ナルは生きていけるだろう。

 だが、幸せにはなれない。

 だから、反対することも、引き留めることもできない。

 

 願うのは、いつだって、愛しい子供たちの幸せなのだから‥‥‥。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥kingdammenu    back   next