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 その日、原真砂子は、渋谷サイキックリサーチを訪れた。

 ここしばらく辿ることのなかった駅からの道のりは、溢れ変える人波で、不愉快そのものだった。

 だが、本当の理由は違う、と分かってはいる。

 たとえ射るような日差しがきつくとも、人波が憂鬱でも、以前は、あまり気にしなかった。歓迎はされなくとも、好きな人が居る場所に行くための労力を惜しむほどに愚かではない。

 だが、其処には、いま、少女が居る。

 真砂子が好きになった孤高の存在が、選んだ少女が。どんな少女なのかは、伝え聞いて色々と知っている。

 

 長い長い栗色の髪。

 鳶色の相貌。

 表情豊かで、笑顔が愛らしい、と。

 

 語って聞かせたのは、仕事仲間たちだ。

 真砂子と違い、いつものように入り浸っていた彼らは、いつのまにかに少女と仲良くなっていた。

 

『最初、煎れて貰った紅茶は不味かったわよ。どんくさいし。でも、ともかく、一生懸命なのよ。美味しい紅茶の煎れ方が知りたいって言うから、美味しい紅茶を出す店に連れてったのよ。内緒で。そしたら、ジーンが、慌てて探しに来て。しかも、事務所に帰ったら、ナルが出迎えて、私まで無茶苦茶叱られたわ』

 

 恐かったわよ、と言いながら、目が優しく和んでいたのは、なぜ?

 

『‥‥‥あー、まあ、とろいな。でも、笑うと、可愛いな。土産を持っていくと、飛び上がって喜んでくれるしな〜。食えない物が多くて可哀想だよな〜。食えれば、もっと美味い物食わせてやれるのにな〜。細くて、心配なんだよな〜』

 

『‥‥‥優しいお人どす』

 

『素直で、可愛い人ですね。‥‥‥素直すぎて、たまに、墓穴掘ってますが』

 

 少女のことを悪く言う人は一人も居ない。

 だから、会いたくなかった。

 けれど、見てみたい。

 彼が、あのナルが、側に居ることを赦した少女を。

 

 

     ※

 

 

「なにか言いたいのなら、言えばいいだろうが」

 扉を開けた途端、きつい言葉が聞こえた。

 真砂子は、きゅっ、と唇を噛みしめる。

 声を聞いただけで、諦めきれない思いが溢れそうだから、気を引き締める。

「‥‥‥なにも」

「ならば、鬱陶しい顔をするのはやめろ」

「‥‥‥申し訳ございません」

 微かな震える声は、女の声だった。

 若い、女の。

「ナル、いきなりどうしたのさ。麻衣がなにかしたの?」

「うるさい」

「う、うるさいって‥‥‥うるさいのはナルじゃないか〜。さっきまでは、所長室に篭って、呼んでも呼んでも呼んでも呼んでも呼んでも出て来なかったくせに、出てきた途端に怒鳴りつけるなんて、さいてー」

「最低でけっこうだ。麻衣、お茶」

「‥‥‥はい」

「麻衣、ナルにお茶なんか煎れてあげる必要ないよ。こんな大馬鹿者放っておいて、僕と遊びに行こうよ。遊園地とか、水族館とか、お祭りとか」

「あの、ジーン、お茶を」

「だーめ。放してあげない」

 親密さの漂う会話に、真砂子の足は凍ったように動かなくなった。

 決意が崩れ去っていく。

 いますぐ、ここを立ち去りたい衝動が沸き上がる。だが、それを留(とど)めたのは、いま、一番、会いたくて、会いたくない人の声だった。

 

「あの、お客様がおみえのようなのですが‥‥‥」

 

 そして、わたしは彼女に出会った。

 長い栗色の髪の。

 笑顔の愛らしい。

 彼が選んだ、少女に。

 

 

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