‥‥‥‥‥‥‥kd-fifth-3
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深夜、麻衣は寝室を抜け出して、書斎へ向かった。 そこには、帰って来たばかりなのに本に埋もれているナルが居る。 「‥‥‥あの‥‥‥お側に居てもいいですか?」 ジーンは知らないが、麻衣は時折、こうして、書斎を訪れることがあった。本を呼んだり、論文を打ったりしているナルを眺めながら過ごす一時は、麻衣にとってはとてもとても幸せな一時だった。 しかし、今日は、駄目かもしれない。 帰宅した時の騒動を考えれば、当然だろう。 だが、予想に反して、ナルは視線を向けることなく、いつものように素気なく答えた。 「好きにすればいい」 麻衣は満面の笑みを浮かべて、いつものように、隅っこに置かれた簡易寝台に腰掛けた。 「‥‥‥調子は?」 麻衣は目を瞬く。 ナルが話しかけて来るのは酷く珍しい。 「‥‥‥大丈夫です」 「あとどれぐらい持つ?」 麻衣はしばし考えて、正直に答えた。 嘘は言いたくなかったので。 「分かりません」 「‥‥‥分からないのか?」 「はい。個人差がありますから‥‥‥」 それでもあまり保たないことだけは分かっている。
『クリスマスには、大きいケーキを作ろうね』 『お正月になったら、お祭りに行こう』
たくさんの優しい約束を破ることは哀しいが、仕方のないことだ。 喜ばしいことでもある。 これで、ようやく、新しい麒麟が生まれることができる。 「‥‥‥嬉しいか?」 すぐ間近で声がした。 俯いていた顔を上げると、いつのまにかすぐ間近にナルが立っていた。 深い深い闇夜のような漆黒の双眸で見下ろしている。 (‥‥‥綺麗‥‥‥) 幾度見上げても、その深さに溺れそうになる。 溺れないように縋りつくと、強く抱きしめ返された。 (‥‥‥このまま死ねたらいいのに‥‥‥) そう願うことはあまりに罪深い。 けれど、思わずには居られないほど、幸せだった。 「‥‥‥なぜ、僕を選んだ?」 問いかけに麻衣は答えられない。 それは、麒麟の本能だ。 理由も理屈も必要ない。 麒麟は王を選ぶ。 ただ一人を選んで、永遠を生きる資格を与える。 それをどう生かすのかは当人次第ではあるが。 「‥‥‥分かりません」 「間違いかもしれないぞ」 「‥‥‥いいえ、間違えたりはしません」 「絶対に?」 「絶対に」 「現に、僕は、誓約を拒絶しているのに?」 「はい。間違いありません。ナルが私の主です」 「どうしても代えられないのか。ジーンでも?」 「‥‥‥‥‥‥できません」 きっぱりと言い切った麻衣の髪を梳く手は、優しい。 優しいからこそ、切ない。 こんなにも優しい人が、誤解されることが、辛い。けれど、麻衣が違うといえばいうほど、ジーンは怒る。 (‥‥‥どうしたら‥‥‥) このままでは麻衣が死んだ後、二人の間には溝ができる。 そんなこと、望んでいないのに。
「--------誓約とは、どうするんだ?」
唐突な問いに、麻衣はナルを不思議そうに見上げた。 「やってみせてくれないか。見てみたい」 「でも‥‥‥」 「見たい」 麻衣は、渋々とうなづいた。 そして、ナルの足下に跪く。
「‥‥‥御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約致します」
決して言葉にすることはないと思っていた言葉だ。偽りとはいえ、嬉しい気がする。 だが、次の瞬間、麻衣は全身を凍り付かせた。
「------赦す」
低く、静かに、声が響く。 確かな、主の声が。 「なんて‥‥‥ことを‥‥‥」 「嬉しくないのか?」 笑いながら問われて、麻衣は、叫んだ。 「馬鹿!大馬鹿!」 あれほど色濃く浮き出ていた死相が消え失せ、溢れそうなほどの生気が小柄な体に満ちている。 それを確認して、ナルはより一層、楽しげに笑った。 「誓約は取り消すことができないのに‥‥‥」 「知ってる」 「國が傾けば死んでしまうのに‥‥‥」 「分かっている」 「ならば、なぜっっっ」 激昂する麻衣を抱きしめて、ナルは言い切った。
「面白そうだから」
麻衣がさらに怒り狂ったことは言うまでもない。
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