‥‥‥‥‥‥‥kd-fifth-2

 

 

 

     ※

 

 

 ナルが帰国したのは、麻衣が倒れてから三日後。

 予定より半日早かった。

「‥‥‥‥‥‥おかえり。遅かったね」

 憔悴しきったジーンの、刺を含んだ出迎えの言葉さえ、ナルは軽く受け流した。

 同行していたリンでさえ、驚いていたというのに。

「ジーン、顔色が‥‥‥」

「‥‥‥大丈夫‥‥‥」

「あなたがそんな顔をしていてはケイリンが哀しみますよ‥‥‥」

「‥‥‥平気。ずっと寝てるし‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 それがなにを意味するのか、リンも知っている。

 彼女は、ナルだけを一途に慕いつづけた生き物は、もうすぐ、死ぬ。

 幸せだと笑いながら。

 二組の責める眼差しを無視して、ナルはさっさとマンションの中に入る。

 荷物を置いて、すぐに書斎へと向かおうとするナルを、ジーンが腕を掴んで止めた。射抜くような、滅多に見せない、本気の憤りが双眸に浮かんでいる。

「‥‥‥麻衣を見捨てるの?」

「前にも答えたな、その質問には」

 二度も同じことを聞くな、と冷たい視線が語る。

「せめて、側に居てあげなよ。‥‥最期ぐらいは」

「必要ない」

「必要だよ。麻衣には、ナルが必要だし、ナルには、麻衣が必要だよ」

「それで?」

「失ってから悔やんでも遅いんだよ?」

 腕を掴むジーンを見やる視線はあくまで冷たい。

 ジーンは、本当に、ナルが分からなかった。

 すべてを捨てることができないのは仕方ない。

 けれど、せめて、側に‥‥‥。

 それだけが彼女の願いならば、せめてそれぐらいは、と思うのに。

「‥‥‥麻衣は馬鹿だよ。ナルだけは選んではいけなかったのに‥‥‥」

 言って、ジーンは顔を覆った。

「そこまで言うのならば、おまえが代わればいい」

 ナルの返答は素気ないを遥かに通り越していた。

「ナル、なんてことを」

 止めるリンを煩わしそうに見やって、ナルはさらに突き放す。

「口先だけならなんとでも言える。代わることができない役目を押しつける傲慢さには吐き気がするな。第一、本人の意志はどうなる?」

「‥‥‥なにを言って‥‥‥」

「麻衣は王を選ぶつもりなどない。このまま死にたいと願っている」

「‥‥‥違う」

「本人に確かめればいい」

「‥‥‥それは、違う。麻衣は、ナルに、自分と同じ思いをさせたくないと思っているだけだ。なにもかも奪われて浚われて、役目を押しつけられて、逃げることもできない‥‥‥そんな思いはさせたくないと思っているだけだ」

「ならば、その願いは叶えられる。なにをわめく必要がある?」

 ジーンは、ナルを見やる。

 初めて見る生き物を見つめるように。

 生まれた時から隣に居た片割れのはずなのに、その心がまったく分からなかった。いままでのすべてが嘘のようにさえ思えた。

 

 

「‥‥‥駄目‥‥‥」

 

 

 憤りのまま言葉を吐き出そうとしたジーンの背中に、ぽすり、となにかが当たった。酷く軽く、けれど、暖かい、なにかが。

「‥‥‥悪いのは私です。ナルを責めないで下さい。突然、押し掛けて、無理なお願いをしているのは私です‥‥‥だから、どうか‥‥‥」

 すがりつく手を振り払うことなどできるわけがない。

 ジーンは、吐息を吐き出した。

「‥‥‥麻衣は馬鹿だよ‥‥‥」

 ずっと眠っていた麻衣が目覚めたのがなぜなのか、簡単に分かってしまう。

 ナルが帰ってきたから、目覚めたのだ。

 それほどまでに、ただ一人だけがすべてなのだ。

 たとえ、その手を差し伸べることがなくても。

「‥‥‥天帝も大馬鹿だ‥‥‥」

 

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