‥‥‥‥‥‥‥kd-fifth-1

 

 

 ジーンは悩んでいた。

「‥‥‥麻衣、本当に、それだけでいいの?」

 申し訳なさそうにうなづく少女の前には、ほんの僅かなサラダを乗せただけの皿と、半分ほどまで特製ジュースを注がれたコップが置かれている。それが、彼女の、1日分の食事だった。

 小食にもほどがある。

「‥‥‥もう少し食べた方がいいよ」

「‥‥‥はい。でも、もう、お腹一杯で‥‥‥」

 麻衣の食は元々細かった。だが、夏を越した辺りから、段々と食べる量が減っていき、いまでは、細い、では済まないような量になってしまった。

 それと同時に、麻衣は、どんどんどんどん痩せていく。

 元々酷く軽かったが、いま抱え上げれば、泣きたくなるほど軽いだろう。

 それがなぜなのか、分からないほどジーンは愚かではない。

 そして、それを問いつめるほど、馬鹿でもない。

 彼女の寿命が、尽きようとしているのだ。

 なのに、こんな時に、彼女が最も必要としているナルは居ない。

 引き留めるジーンを振り切って、英国に一時帰国しているのだ。

(‥‥‥ナルの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿‥‥‥大馬鹿者!)

 ナルがなにを考えているのかジーンにはさっぱり分からない。

 相変わらずナルは、ラインを繋げようとしないし、ジーンがなにを言っても答えを返してくれなかった。

 大変なことだと、思う。

 無茶苦茶なことだと、思う。

 生まれ育った世界を捨てろ、と無理強いすることなど誰にもできない。

 してはならないことだと、分かっているけれど。

 自らの死を受けとめて微笑む少女を見捨てることだけはしてほしくない。

 大丈夫、と麻衣は笑う。

 とても幸せだから、とジーンを慰める。

(‥‥‥どうして‥‥‥)

 どうして選ばれたのがナルだったのだろうか。

 あちらにも人はたくさん居るだろう。

 簡単にうなづいてくれる人が山ほど。

 そう考えると、やはり、なにもかもが間違っているように思えて仕方ない。

 天帝とやらが、責任を取るべきだと思うのに。

 

 かたん、と軽い音がした。

 

 ジーンははっと我に返り、硬直した。

 倒れたコップから緑色の液体がこぼれて、テーブルの表面を伝って、落ちる。

 コップを倒した麻衣は、驚きの声を上げることもなく、身動き一つせず、テーブルの上に突っ伏して、目を閉じている。

 青を通り越して紙のように白い顔を無防備に晒して。

 

-----------死が。

 

 否定することも、見て見ぬ振りをすることもできぬほどに色濃い匂いがする。

 

-----------死が、取り巻いている。

 

 彼女から漂う濃厚な死の気配を感じていながら、ジーンにはなにもできない。

 あらがう術を与えられず、ただ、見ているだけしかできない。

 いや、一つだけ、できることがある。

(‥‥‥ナル‥‥‥)

 いまなら、まだ、間に合う。

(‥‥‥ナル‥‥‥助けて‥‥‥)

 ジーンは縋るように受話器を掴んで、覚えているナンバーを押した。

 けれど、ナルは、ジーンの懇願をはねつけた。

 容赦なく、冷酷に。

 

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