‥‥‥‥‥‥‥kd-fourth-2

 

 

 なにを頑張るのだろうか。

 疑問を頭の中にいっぱい詰め込んで、麻衣は隣を振り返る。

 大切で大好きな人が、そこに居る。

 ようやく探し出した唯一無二の主が。

(‥‥‥どうして?‥‥‥)

 綺麗な綺麗な横顔からはなにも読みとれない。

(‥‥‥どうして会わせてくれたの?‥‥‥)

 いや、そもそも、ケイリンはなにも話さなかったはずだ。

 なのに、いつのまにか、寿命のことも、なにもかも知っていた。

 そして、手を差し伸べてくれる。

 吐息を吐きながら。

 不機嫌な顔をしながら。

 いつだって‥‥‥。

(‥‥‥嫌われてないのかな?‥‥‥)

 いきなり押し掛けて、王になって欲しいと我侭を言った。

 すべてを捨てて欲しい、と。

 そんなことを言えば嫌われる、と分かっていたけれど、故郷の民を思えば頼まずには居られなかった。

「‥麻衣ちゃん、一つだけ聞いていいかしら?」

「はい」

 柔らかな声で我に返ると、真剣な顔が目の前にあった。

「あなたは、いま、幸せ?」

「‥‥‥‥‥‥」

「私に遠慮しては駄目よ。本当のことを教えてね」

 強い眼差しに射抜かれて、ケイリンは頷いた。

「‥‥‥幸せ、です」

「本当に?」

「‥‥‥はい」

 しっかりと頷いたわが子を見て、女は安堵の吐息を吐き出した。

 それが、最期の吐息だった。

 

 

     ※

 

 

「‥‥‥可哀想に‥‥‥」

 ジーンは、泣き疲れて寝入ってしまったケイリンの頬を撫でる。

 ようやく母親と会えたのに、僅かな時間話しただけで、母親は逝ってしまった。

 会えただけでも幸運だったと言うべきだろう。

 ナルが、あとほんの少し動くのが遅ければ、会うことすらできなかったのだから。けれど、もう少し、もう少しだけ生きていて欲しかった。

(‥‥‥僕も会いたかったよ、君のお母さんに)

 そして伝えたかった。

 あなたの娘はとてもとても良い子です、と。

 人のことばかり気にして、自分ばかり責めて、生きていくことに酷く不器用だけど、とてもとても優しくて可愛いです‥‥‥。

 そんな子が生き延びられないのは間違っている。

 やはり、どう考えても、間違っている。

 だが、では、どうしたら良いのか。

 答えは出ない。ただ、静かな寝室に吐息がこぼれるだけだ。

 

 あれから、ジーンたち一行は病院に長く足止めされた。

 とりあえずジーンとケイリンはマンションに戻って来れたが、ナルとリンは事後処理の為に駆け回っていて、まだまだ戻って来れない‥‥‥らしい。

 らしい、と言うのは、ジーンにも良く分からないからだ。

 ただ、リンが一度だけ連絡してくれたので、死の直前会いに来た娘のことで、揉めているらしいことは分かっている。

 要は、死んだ母親が遺した多額の遺産について、揉めているのだ。

 ナルは即座に受け取りを拒否した。しかし彼女の財産の管理をしている弁護士はかなりの頑固者で、受け取れ、とわめいている。勿論、そのために、浚われたケイリンのことについても、きっちりするべきだ、と主張しているらしい。

 それは不可能なことだ。

 させてはならないことだ。

 谷山麻衣が失った時間は、こちら側ではどうしても取り戻せない。

 浚った者も、こちら側には居ない。

 頑固そうな弁護士の顔を思い出して、ジーンは眉をひそめる。

 説得するのは難しそうだ。

 まあ、いざとなったら、職権乱用はできん、とわめく人を説得して頼むしかないだろう。どちらも頑固そうだから、会わせたら、意外と話が合うかもしれない。それとも同族嫌悪で毛嫌いしあうだろうか。

(‥‥‥ま、いいや‥‥‥)

 難しいことはナルに任せておけば大丈夫だ。

 毒舌で相手を憤死させなければ、なんとかなるだろう。

 そんなことよりも問題は、ナルをどう説得するかだ。

(‥‥‥君は、嫌がるだろうけどね。僕は、君が死ぬのは嫌なんだ‥‥‥)

 しかもその亡骸を獣たちが喰らうなんて聞いたら、どうあっても邪魔するしかないだろう。それが片割れの逆鱗に触れようとも。

 しかし、騙すにしても、説得するにしても、

(‥‥‥悪魔を騙す方が‥‥‥簡単な気がする)

 

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