‥‥‥‥‥‥‥kd-fourth-3

 

 

     ※

 

 

 暖かくて優しい気配が、側に居てくれる。

(‥‥‥大好き‥‥‥)

 夢現、ケイリンはそう呟いた。

 頬を撫でてくれる手が、優しくて、幸せで、涙がこぼれそうだ。

 泣いたら、駄目。

 そう思うのに、あまりに幸せで、堪えられない。

(‥‥‥ずっと側に‥‥‥)

 それだけが、願い。

 それだけが、最後の願い。

 もうすぐ消えるから。

 それが分かるから、それまでは、側にいたい。

 

 

「-----おまえの願いはそれだけか?」

 

 

 目を開けると、大切な主が居た。

「‥‥‥おかえりなさいませ‥‥‥」

「‥‥‥ただいま」

 苦笑しながら挨拶を返してくれたことが、凄く、嬉しい。

 嬉しい気持ちのまま腕を伸ばしてしがみつく。

「‥‥‥お待ちしてました‥‥‥」

「‥‥‥寝ぼけているな」

 額をぺしり、と叩かれる。

 ちょっと痛い。

 けれど、抱きしめ返してくれるから、そんなことどうでもよくなってしまう。

(‥‥‥大好き‥‥‥)

 最後に出会えた幸運を、噛みしめて、ケイリンは、至福の夢に溶ける。

 

 

『あなたは、いま、幸せ?』

『おまえの願いはそれだけか?』

 

 

 暖かな夢の中で問いかけられた気がして、ケイリンは頷いた。

 

 はい。とても、幸せです。

 私の願いは、いま、叶えられています。

 優しい人は、死ぬまで側に居ても良いと言ってくれました。

 とてもとても嬉しいです。

 

 

『『本当に?』』

 

 

 はい。

 あの方が幸せであることが、私の幸せなのです。

 あの方の幸せを邪魔しないことが、私の望みなのです。

 

 

     ※

 

 

 ジーンは、ケイリンの部屋で目を覚ました。

 あのまま添い寝しながら眠ってしまったらしい。

「‥‥‥あれ?」

 しかし肝心のケイリンが隣に居なかった。

 嫌な予感がして、ジーンは部屋を飛び出した。

 キッチン、居間、バスルームと探し回ったがどこにも居ない。

(‥‥‥ど、どうしよう‥‥‥)

 帰ってしまったのでは、と青ざめたジーンは、ともかくナルに連絡しようと思って、気がついた。ナルの気配がすぐ間近でするのだ。動揺のあまり、見過ごしてしまっていたらしい。

「ナル!大変だ‥‥‥よ‥‥‥」

 遠慮なく開けたナルの寝室は他の部屋に比べると、呆れるほど物が少ない。

 その真ん中に置かれた寝台に、長い茶色の髪が散っていた。

(うわうわうわうわうわうわわわわわわわわ!)

 慌てふためくジーンに、目が覚めたらしいナルの氷点下の視線が向けられる。

 

-----------うるさい。

 

 久しぶりにラインを繋げての第一声が、これ、である。

 

-----------な、なにやってんだよ!

 

-----------うるさい。麻衣が起きる。あっちに行ってろ。

 

-----------うわうわ、やな感じ〜。

 

 はた、とジーンはあることに気がついた。

 

-----------あれ、なんで『麻衣』なの?

 

 途端、ナルの眉が潜められた。

 ものすごく嫌そうに。

 どうやら失言だったらしい。

 あるいは、ラインだったから、嘘がつけなかったのか。

 

-----------なんか隠してるだろ?

 

 言わないと騒ぐぞ、という気合い満々のジーンをナルはそれはそれは冷たい眼差しで見やる。

 

-----------ケイリンとは名前じゃない。慶國の麒麟という意味だ。

 

 ジーンはまじまじとナルを見やる。

 初耳である。しかも、麻衣、と呼ぶことを聞かれるのを避けていたらしい。

 

-----------ねえ、ナル、もしかして、僕が名前で呼んだら怒る?

 

 ナルはしばし無言だった。

 しかし繋いだラインが、機嫌の下降を詳細に伝えてくれる。

 

-----------好きにしろ。

 

 素気ない返答に、ジーンは満面の笑みを浮かべた。

 

-----------うん。好きにする。ご飯できたら呼ぶから、それまで、もうちょっと寝てなよ。

 

 弾むような足どりでキッチンにたどり着いたジーンは、口を覆った。

 そして、ナルに聞こえないようにしばらくの間、肩を震わせて笑い続けた。

 

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥kingdammenu    back   next