‥‥‥‥‥‥‥kd-fourth-3
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暖かくて優しい気配が、側に居てくれる。 (‥‥‥大好き‥‥‥) 夢現、ケイリンはそう呟いた。 頬を撫でてくれる手が、優しくて、幸せで、涙がこぼれそうだ。 泣いたら、駄目。 そう思うのに、あまりに幸せで、堪えられない。 (‥‥‥ずっと側に‥‥‥) それだけが、願い。 それだけが、最後の願い。 もうすぐ消えるから。 それが分かるから、それまでは、側にいたい。
「-----おまえの願いはそれだけか?」
目を開けると、大切な主が居た。 「‥‥‥おかえりなさいませ‥‥‥」 「‥‥‥ただいま」 苦笑しながら挨拶を返してくれたことが、凄く、嬉しい。 嬉しい気持ちのまま腕を伸ばしてしがみつく。 「‥‥‥お待ちしてました‥‥‥」 「‥‥‥寝ぼけているな」 額をぺしり、と叩かれる。 ちょっと痛い。 けれど、抱きしめ返してくれるから、そんなことどうでもよくなってしまう。 (‥‥‥大好き‥‥‥) 最後に出会えた幸運を、噛みしめて、ケイリンは、至福の夢に溶ける。
『あなたは、いま、幸せ?』 『おまえの願いはそれだけか?』
暖かな夢の中で問いかけられた気がして、ケイリンは頷いた。
はい。とても、幸せです。 私の願いは、いま、叶えられています。 優しい人は、死ぬまで側に居ても良いと言ってくれました。 とてもとても嬉しいです。
『『本当に?』』
はい。 あの方が幸せであることが、私の幸せなのです。 あの方の幸せを邪魔しないことが、私の望みなのです。
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ジーンは、ケイリンの部屋で目を覚ました。 あのまま添い寝しながら眠ってしまったらしい。 「‥‥‥あれ?」 しかし肝心のケイリンが隣に居なかった。 嫌な予感がして、ジーンは部屋を飛び出した。 キッチン、居間、バスルームと探し回ったがどこにも居ない。 (‥‥‥ど、どうしよう‥‥‥) 帰ってしまったのでは、と青ざめたジーンは、ともかくナルに連絡しようと思って、気がついた。ナルの気配がすぐ間近でするのだ。動揺のあまり、見過ごしてしまっていたらしい。 「ナル!大変だ‥‥‥よ‥‥‥」 遠慮なく開けたナルの寝室は他の部屋に比べると、呆れるほど物が少ない。 その真ん中に置かれた寝台に、長い茶色の髪が散っていた。 (うわうわうわうわうわうわわわわわわわわ!) 慌てふためくジーンに、目が覚めたらしいナルの氷点下の視線が向けられる。
-----------うるさい。
久しぶりにラインを繋げての第一声が、これ、である。
-----------な、なにやってんだよ!
-----------うるさい。麻衣が起きる。あっちに行ってろ。
-----------うわうわ、やな感じ〜。
はた、とジーンはあることに気がついた。
-----------あれ、なんで『麻衣』なの?
途端、ナルの眉が潜められた。 ものすごく嫌そうに。 どうやら失言だったらしい。 あるいは、ラインだったから、嘘がつけなかったのか。
-----------なんか隠してるだろ?
言わないと騒ぐぞ、という気合い満々のジーンをナルはそれはそれは冷たい眼差しで見やる。
-----------ケイリンとは名前じゃない。慶國の麒麟という意味だ。
ジーンはまじまじとナルを見やる。 初耳である。しかも、麻衣、と呼ぶことを聞かれるのを避けていたらしい。
-----------ねえ、ナル、もしかして、僕が名前で呼んだら怒る?
ナルはしばし無言だった。 しかし繋いだラインが、機嫌の下降を詳細に伝えてくれる。
-----------好きにしろ。
素気ない返答に、ジーンは満面の笑みを浮かべた。
-----------うん。好きにする。ご飯できたら呼ぶから、それまで、もうちょっと寝てなよ。
弾むような足どりでキッチンにたどり着いたジーンは、口を覆った。 そして、ナルに聞こえないようにしばらくの間、肩を震わせて笑い続けた。
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