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「‥‥‥麻衣ちゃん?」

 伸ばされた手はひどく白くて折れそうなほど細い。

「‥‥‥麻衣ちゃんなのね‥‥‥」

 涙が伝う頬は、肉がそげ落ちて、骨の形が露になっていた。

 伸ばされる手を振り払うことも逃げることもできず、ケイリンは、ただ、ただ、あまりに変わってしまったその人を見つめていた。

 昔は見上げていた。

 誰よりも優しくて、その腕に包まれていればなにも恐いことはなかった。

 なのに、なんて、小さい。

 なんて小さくなってしまったのだろう。

「‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」

 すべてはケイリンの責任だった。

 寝台の上で、何本ものチューブに繋がれて、かろうじて生きている女性は、ケイリンによってすべてを奪われた。

 大切な夫も、ようやく授かった子どもも、ごく普通に生きていく権利すらも。

 すべての原因はケイリンが麒麟であったから。

 彼女の本当の子供ではなかったから‥‥‥。

 ケイリンさえ彼女の子供として生まれなければ、彼女はもっと違う人生を送ることができただろう。

「‥‥‥どうして謝るの?」

「‥‥‥私が‥‥‥」

 あなたの子供ではなかったから。

 人ではないから。

 王を選ぶ為に連れ戻されたから。

 言わなくてはならないことがたくさんあるのに、何一つ言葉にはならなかった。

 目の前で微笑んでいる人に、嫌われるのが、憎まれるのが‥‥‥怖くて。

「‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」

「いろいろ聞いたのね。‥‥‥あなたのせいじゃないわ」

 頬を撫でる優しい手を、覚えている。

 いつだって、どんな時だって、優しかった。

 

『麻衣っ!麻衣を返してっっっっ!』

 

 叫んだ声を覚えている。

 すぐにでも帰りたかったけれど、帰った私は獣に戻り、人の姿を取れるようになった時は、すべてが遅かった。

 どうしても姿を見たくて、事情を説明したくて、たどり着いた先には、もう、誰もいなかった。

「‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」

 

 生まれて来てごめんなさい。

 不幸にしてごめんなさい。

 本当のことを言えなくてごめんなさい。

 

「‥‥‥麻衣ちゃんは、私が、嫌い?」

 唐突な問いにケイリンは鳶色の眼差しを見開いた。

 見返す女の目も、良く似た鳶色をしている。

「嫌い?」

 ぶんぶんと首を横に振ったケイリンの髪を柔らかく梳いて、女は嬉しそうに笑う。

「‥‥‥謝るのは私の方よ。守ってあげられなくて、探してあげられなくて、ごめんなさい。せめてあなたが帰って来るまであの家に居たかったのに‥‥‥」

「‥‥‥お母さんのせいじゃない!私が悪いの!」

「じゃあ、おあいこにしましょう。だから、もう、泣かないで。麻衣ちゃんの笑った顔が見たいわ」

 最期に。

 言葉にはしなくとも、思いが伝わって、ケイリンは目を伏せた。

 ごまかしきれない死相が、柔らかく微笑む人の顔に色濃く出ていた。

 ぎこちなく、それでも、なんとか笑みを浮かべたケイリンに、女は吹き出した。

「ひどい顔よ、麻衣ちゃん」

「‥‥‥‥‥‥」

 なんと反応していいのか。

 硬直したケイリンの頭を、別の人が撫でる。

 それが誰なのかは、振り返らなくても分かる。

「‥‥‥まあ。あなたはどなた?」

「渋谷一也といいます」

「麻衣ちゃんの恋人かしら?」

「‥‥‥保護者代理のようなものです」

「あらあら、残念ね。麻衣ちゃん、頑張るのよ」

 

 

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