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車に揺られることおよそ三時間。 たどり着いたのは、予想に反して、緑に囲まれた白い大きな建物だった。 なにも知らなければ山間のホテルだと勘違いしたかもしれない。 だが、優秀な霊媒であるジーンは、そこがなんであるかを即座に看破した。
-----------病院。
ジーンが苦手とする場所の一つである。 そして、ナルも苦手なはずだ。 なんでこんな所に、という問いは勿論答えて貰えなかった。
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その建物に近づくと、胸が、酷く、痛んだ。 痛くて、痛くて、逃げ出したいのに、できない。 「来い」 強い視線が、逃げることを赦してくれない。 それでも、どうしても動けなくて、立ち竦んでいると、手を掴まれた。 そして、そのまま、奥へ‥‥‥。
(‥‥‥恐い‥‥‥)
白い建物の中には、微かに血生臭い臭いが漂っていた。 けれど、足を竦ませるのはそれだけではない。 なにかが、 なにかが、
(‥‥‥恐い‥‥‥)
恐れと喜びが混ざり合う。 恐ろしくて逃げたいのに、主の側に居られるのは嬉しい。 暖かな手の感触が、泣きたいほど、嬉しいのだ。 「いまから会う人は、もうすぐ死ぬ。薬で意識を保っているが、記憶の混濁が起こり始めている。だから、真実を告げる必要はない」 扉の手前、告げられた内容は、良く分からない。 「名は、谷山美奈子」 びくり、と震えた手をさらに強く握って、ナルは扉を開けた。
※
白くて広くて清潔で、さらには開放感溢れるロビーには、ジーンが取り残されていた。リンと共に。 「‥‥‥説明、してくれるよね?」 結局ナルは、ジーンに説明しなかった。 説明する前に、ケイリンを連れてどこかに行ってしまった。 しかも、 「‥‥‥邪魔だからついて来るな、は酷いよね」 酷い弟だと分かっていたが、この仕打ちはあまりに酷すぎる。 (‥‥‥絶対に納豆を食べさせてやるからね!) またしても、低次元な復讐を誓うジーンを見やりながら、リンは吐息を吐き出す。実は、彼だとて、なにもかも知っているわけではないのだ。 だが、いま、そんなことを言ったら、暴れ出すのが分かり切っている。 温厚で優しいと評判のジーンだが、彼には、困った習性がある。 ある一定の条件を満たすと非常に怒りやすくなり、なおかつ、拗ねやすくなるのだ。条件とは、ずばり、空腹である。 途中で休憩したい、というおねだりはすべて却下されて、ジーンは昼御飯を強制的に抜かれていた。‥‥‥危険である。 「‥‥‥とりあえず、場所を移しましょう」 見舞客のための喫茶店があることは確認済みである。 「‥‥‥ごまかしたりしないよね?」 仲間外れにされたジーンは拗ねきった目でリンを見上げた。 「私に分かることでしたらお答えしますから」 だから早くなにか食べて下さい、とリンは心中で付け足した。
平らげた残骸の山を前にして、ジーンは目を丸くした。 「‥‥‥ケイリンのお母さん?」 「正確には、谷山麻衣、の母親ですね」 「‥‥‥どういうこと?」 「彼女も、あちら風に言うと胎果だったようですね」 ジーンはしばし沈黙した。 「‥‥‥だから、かな?」 元々あまり口数の多くないリンは、視線だけで続きを促す。 「ケイリンって、こちらのことをほとんど知らないよね。だから、たまに、凄いことをしでかしてくれるけど、意外なことを知っていたりして驚くこともあったんだ。それに、食べ物にもあんまり戸惑わないみたいだしさ。向こうとあちらの食べ物が同じなのかな、と思ったけど、違うみたいだし‥‥‥」 「覚えているのかもしれませんね」 「覚えていて当然だと思うけど?」 「‥‥‥彼女が失踪したのは三歳の時です」 「三歳?」 「ええ、自宅、しかも母親の前で消えたそうです。どこからともなく現れた白い腕が浚っていったそうですよ」 「‥‥‥なにも言わず?」 「ええ」 ジーンは顔をしかめた。 「最低だね。説明もなしに子供を浚うなんて」 リンも頷いた。 「でも、だったら、ケイリンにそう教えてあげれば良かったのに。お母さんに会うならもっと可愛い服を着せてあげたかったなぁ」 「‥‥‥探してはいたようですよ。昔、彼女が住んでいた所で、幾度も目撃されています。どこに引っ越ししたのか、どうしたのか、と聞かれた人も居ますし」 「安原さんが調べたんだね、それ。ナルが頼んだの?」 「ええ。‥‥‥三ヶ月前に」 「‥‥‥出逢った直後だね。と、言うことは、出会った日に読んだな」 「でしょうね」 二人は揃って吐息を吐き出す。 「でも、安原さんが調べるのに三ヶ月も掛かるなんて珍しいね」 「‥‥‥母親の行方は誰も知らなかったからです」 「なんで?」 「子供が消え失せた一月後に夫が事故死した女性を、世間が放っておいてくれなかったからでしょう。‥‥‥身寄りがなかったせいか、高額の保険に加入していたのも仇になったようですね‥‥‥」 「‥‥‥ひどいね」 「ええ。ずいぶんと嫌がらせをされたそうです。話を聞かせてくれた人が、泣きながら怒っていたそうです‥‥‥」 ジーンは眼を伏せた。 酷い話だ。 だが、仕方のない話でもある。 人が、子供が、突如として消え失せるなどありえないからだ。 少なくとも多くの人がそう信じていて、ありうると知っている者はあまりに少ない。 ---------絶望的なほどに。 行き場のない重苦しい思いを抱えて、ジーンは吐息を吐き出した。
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