‥‥‥‥‥‥‥kd-third-3

 

 車に揺られることおよそ三時間。

 たどり着いたのは、予想に反して、緑に囲まれた白い大きな建物だった。

 なにも知らなければ山間のホテルだと勘違いしたかもしれない。

 だが、優秀な霊媒であるジーンは、そこがなんであるかを即座に看破した。

 

-----------病院。

 

 ジーンが苦手とする場所の一つである。

 そして、ナルも苦手なはずだ。

 なんでこんな所に、という問いは勿論答えて貰えなかった。

 

 

     ※

 

 

 その建物に近づくと、胸が、酷く、痛んだ。

 痛くて、痛くて、逃げ出したいのに、できない。

「来い」

 強い視線が、逃げることを赦してくれない。

 それでも、どうしても動けなくて、立ち竦んでいると、手を掴まれた。

 そして、そのまま、奥へ‥‥‥。

 

(‥‥‥恐い‥‥‥)

 

 白い建物の中には、微かに血生臭い臭いが漂っていた。

 けれど、足を竦ませるのはそれだけではない。

 なにかが、

 なにかが、

 

(‥‥‥恐い‥‥‥)

 

 恐れと喜びが混ざり合う。

 恐ろしくて逃げたいのに、主の側に居られるのは嬉しい。

 暖かな手の感触が、泣きたいほど、嬉しいのだ。

「いまから会う人は、もうすぐ死ぬ。薬で意識を保っているが、記憶の混濁が起こり始めている。だから、真実を告げる必要はない」

 扉の手前、告げられた内容は、良く分からない。

「名は、谷山美奈子」

 びくり、と震えた手をさらに強く握って、ナルは扉を開けた。

 

 

     ※

 

 

 白くて広くて清潔で、さらには開放感溢れるロビーには、ジーンが取り残されていた。リンと共に。

「‥‥‥説明、してくれるよね?」

 結局ナルは、ジーンに説明しなかった。

 説明する前に、ケイリンを連れてどこかに行ってしまった。

 しかも、

「‥‥‥邪魔だからついて来るな、は酷いよね」

 酷い弟だと分かっていたが、この仕打ちはあまりに酷すぎる。

(‥‥‥絶対に納豆を食べさせてやるからね!)

 またしても、低次元な復讐を誓うジーンを見やりながら、リンは吐息を吐き出す。実は、彼だとて、なにもかも知っているわけではないのだ。

 だが、いま、そんなことを言ったら、暴れ出すのが分かり切っている。

 温厚で優しいと評判のジーンだが、彼には、困った習性がある。

 ある一定の条件を満たすと非常に怒りやすくなり、なおかつ、拗ねやすくなるのだ。条件とは、ずばり、空腹である。

 途中で休憩したい、というおねだりはすべて却下されて、ジーンは昼御飯を強制的に抜かれていた。‥‥‥危険である。

「‥‥‥とりあえず、場所を移しましょう」

 見舞客のための喫茶店があることは確認済みである。

「‥‥‥ごまかしたりしないよね?」

 仲間外れにされたジーンは拗ねきった目でリンを見上げた。

「私に分かることでしたらお答えしますから」

 だから早くなにか食べて下さい、とリンは心中で付け足した。

 

 

 平らげた残骸の山を前にして、ジーンは目を丸くした。

「‥‥‥ケイリンのお母さん?」

「正確には、谷山麻衣、の母親ですね」

「‥‥‥どういうこと?」

「彼女も、あちら風に言うと胎果だったようですね」

 ジーンはしばし沈黙した。

「‥‥‥だから、かな?」

 元々あまり口数の多くないリンは、視線だけで続きを促す。

「ケイリンって、こちらのことをほとんど知らないよね。だから、たまに、凄いことをしでかしてくれるけど、意外なことを知っていたりして驚くこともあったんだ。それに、食べ物にもあんまり戸惑わないみたいだしさ。向こうとあちらの食べ物が同じなのかな、と思ったけど、違うみたいだし‥‥‥」

「覚えているのかもしれませんね」

「覚えていて当然だと思うけど?」

「‥‥‥彼女が失踪したのは三歳の時です」

「三歳?」

「ええ、自宅、しかも母親の前で消えたそうです。どこからともなく現れた白い腕が浚っていったそうですよ」

「‥‥‥なにも言わず?」

「ええ」

 ジーンは顔をしかめた。

「最低だね。説明もなしに子供を浚うなんて」

 リンも頷いた。

「でも、だったら、ケイリンにそう教えてあげれば良かったのに。お母さんに会うならもっと可愛い服を着せてあげたかったなぁ」

「‥‥‥探してはいたようですよ。昔、彼女が住んでいた所で、幾度も目撃されています。どこに引っ越ししたのか、どうしたのか、と聞かれた人も居ますし」

「安原さんが調べたんだね、それ。ナルが頼んだの?」

「ええ。‥‥‥三ヶ月前に」

「‥‥‥出逢った直後だね。と、言うことは、出会った日に読んだな」

「でしょうね」

 二人は揃って吐息を吐き出す。

「でも、安原さんが調べるのに三ヶ月も掛かるなんて珍しいね」

「‥‥‥母親の行方は誰も知らなかったからです」

「なんで?」

「子供が消え失せた一月後に夫が事故死した女性を、世間が放っておいてくれなかったからでしょう。‥‥‥身寄りがなかったせいか、高額の保険に加入していたのも仇になったようですね‥‥‥」

「‥‥‥ひどいね」

「ええ。ずいぶんと嫌がらせをされたそうです。話を聞かせてくれた人が、泣きながら怒っていたそうです‥‥‥」

 ジーンは眼を伏せた。

 酷い話だ。

 だが、仕方のない話でもある。

 人が、子供が、突如として消え失せるなどありえないからだ。

 少なくとも多くの人がそう信じていて、ありうると知っている者はあまりに少ない。

 ---------絶望的なほどに。

 行き場のない重苦しい思いを抱えて、ジーンは吐息を吐き出した。

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥kingdammenu    back   next