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     ※

 

 

 良く晴れた休日、ケイリンはいつものように家事を手伝っていた。

 三ヶ月も手伝っていれば、手際も良くなる。熱心に勉強した甲斐があって、得意料理も増えた。

 いまでは、時々、食事の準備をすべて任されることさえあった。

 ただし、それは、ともかく忙しくて、同居人二人ともが、どうしても食事の準備をできない時に限られていたが‥‥‥。

「ケイリン、今日はなにが食べたい?」

 ジーンは毎日、毎日、そう聞く。

 最初の頃は、なんでも、と答えていたケイリンだが、

『‥‥‥じゃあ、血の滴る美味しいお肉にしようかな』

 と、脅されてからは、なるべく好みを言うようにしている。

「‥‥‥ええと、あっさりしたのが、いいです」

「あっさりね。うん、分かった」

 あっさりあっさり、と口ずさみながら、ジーンは料理本をめくる。

 ケイリンと同居するようになってから、ジーンの休日には楽しい行事が一つ増えた。それは、手の込んだ新しい料理に挑戦することである。

 一緒に作ることは、もちろん、楽しいし。

 美味しい、と喜んでくれるからやりがいもある。

 

「----ケイリン」

 

 が、本日は、珍しく邪魔が入った。

 キッチンの入り口に立つナルを振り返り、ジーンは目を見張った。

 お休みなのに、ナルが、そこに居た。

 ファイルも書物も持っていない。

 しかも、どうやら、出かけるつもりらしい。

(うわ、明日は槍が降るかも〜)

 かなり本気で心配するジーンに視線も向けず、苛烈な眼差しがケイリンを射抜く。

「来い」

「は、はい!」

 踵を返したナルの背中を、ケイリンが慌てて追いかける。

 思いきり無視され置いて行かれたジーンは、しばし、惚けていた。

 が、こんな仕打ちでいつまでも固まっていては、ナルの兄などやっていられないのだ。

「僕は?ねえねえ、ナル、僕は?」

 答えてくれるまでは付きまとうからね、という気迫を漲(みなぎ)らせたジーンをちらりと見やり、ナルは嫌そうに答えた。

「‥‥‥好きにしろ」

「はーい」

 

 

 同行の許可をもぎ取ったジーンだったが、行く先は教えて貰えなかった。

 リンの運転する車に乗り込んでから、助手席のナルに何度か問いかけたが、無視された。最後には、車から放り出される危険を感じたので、仕方なく黙る。

 が、車が高速道路に乗り込んでしまっては、流石に黙っていられない。

「ナル、一つだけ教えてよ」

「なんだ?」

「今日中に帰れる?」

「なぜ?」

 ジーンは嫌な予感に襲われた。

 下手をするとこのまま調査に入る可能性がある。そんなことになったら、大変なことになってしまうに違いない。

「‥‥‥僕、納豆を外に出したままなんだ」

「‥‥‥‥‥‥」

「納豆って腐ってるよね?あれ以上腐ったらどうなるんだろう?」

 様々な事態を想定して、ジーンは首を振る。

「‥‥‥ジーン」

「ああ、それに、生ゴミも‥‥‥」

「‥‥‥ジーン」

 名を呼ぶ声の変化に気がついて、ジーンはぴたりと口を閉ざした。

「一人で帰るか?」

 車の外に放り出される危険を、再び、察知して、ジーンは首を横に振る。

 高速道路の直中である。普通は脅しだと受け流す所だろうが、ナルなら、やる。

「‥‥‥ごめんなさい」

 しゅんとうなだれた振りをしつつ、ジーンは心中で舌を出した。

 そもそも、ナルが遠出をすると言ってくれれば済んだ話なのだ。

(‥‥‥帰ったらナルに捨てさせてやる!)

 ささやかな復讐を誓うジーンは気づかなかった。

 隣のケイリンが、そっと、胸を押さえたことに。

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