‥‥‥‥‥‥‥kdsecond-1

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥ケイリン、ケイリン、朝だよ」

 目覚めると、漆黒の相貌が目の前にあった。

「やあ、やっと起きたね。おはよう。朝御飯ができたよ」

 瞳を優しく和ませて笑う人は、ユージーン。ジーンと呼んでね、と言われたのは昨日のこと。そしてあの人のことは、ナル、と呼ぶように言われた。

 主上、と呼んだら返事をして貰えないので、気を付けないといけない。

 様、も付けては駄目。

「‥‥‥‥‥‥おはようございます。あの‥‥‥」

「ナルなら、調査に出掛けたよ」

「‥‥‥‥‥‥調査‥‥‥‥‥‥」

 居ないことは分かっていた。

 仕方のないことだ。

 けれど、落胆は抑えられない。

「そんな顔、しないの。ナルなら、二、三日で帰って来るから。それまでは、ここで大人しく待っている約束だろ?」

「‥‥‥‥‥‥はい。ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。ケイリンのお陰で、お休みが貰えて、実は、けっこう嬉しかったりするし」

 昨日のことを思い出して、ジーンは心底楽しげに笑った。

 

 昨日、ケイリンの話を聞いたナルは‥‥‥。

「断る」

 容赦なく誘いを蹴った。

 まあ、それは、予想範囲内の出来事である。と、いうか、頷いたら、それは、ナルじゃない。王様になったら色々と特典があるようだが、そんなもので、ナルは動かせない。

 その場に居合わせたジーンは、いまにも泣き出しそうな顔をした少女に、加勢しても無駄だと分かっていた。それに、ナルを連れて行かれるのも嫌だった。こんなんでも、大切な弟であり、血の繋がった最後の家族だ。行ってしまったら、二度と会えない‥‥‥それは淋しい。

 だが、少女をそのまま見捨てることもできなかった。

「まあまあ、そんなすぐに答えを出さなくてもいいじゃないか。大切な決断だし、大変な選択だしね。ともかくケイリンに、あちらのことをもう少し聞いて、それから決めたら?」

 ポイントは、あちらのことを聞く、である。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 相変わらずの仏頂面ではあったが、ナルの目が輝いたことにジーンは気付いていた。そもそもナルは、麒麟という不可思議な生き物に多大な興味を抱いている。できれば、手放したくないに決まっている。

「‥‥‥‥‥‥ケイリンも、それで、いいよね?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい」

「よし、じゃあ、ケイリンは今日から僕たちの新しい同居人決定〜」

「‥‥‥‥‥‥ジーン」

 不機嫌な声に、ジーンは笑い返した。

「まさか、身寄りも知り合いも居ない女の子を放り出す、なんて酷いことは言わないよね?」

 ナルは深い深い吐息を吐き出した。

 それは、彼が、不本意ながら同意したということだ。

「よし、決まり〜」

 喜びながら、ジーンは驚いていた。もっとごねると思っていたのだ。

 初対面の少女をテリトリーに入れるのだ。

 いつものナルなら、凄まじい勢いで反発するだろう。

(‥‥‥‥‥‥気に入った、とか?‥‥‥‥‥‥)

 どう気に入ったかが問題である。ナルを信用していないわけではないが、目を離さないようにしなくてはならないだろう。

 

「‥‥‥‥‥‥いただきます」

「はい、どうぞ」

 

 神妙な顔で朝食を食べ始める少女を見やりながら、ジーンは心中で苦笑していた。昨日は大変だった。これからも大変だろう。少女に罪はないが、厄介ごとを持ち込んだことは確かだ。なのに、どうしても、少女を追い返す気にはなれない。ナルも、実は、戸惑っているらしい、と知っている。

 昨日会ったばかりだ。

 それは間違いない。

 なのに、少女は、隣りに居るのが当たり前な気がした。

  

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