‥‥‥‥‥‥‥kdfirst-2
嗚咽を堪えて泣く少女を前にして、大きな男、リンは、困り果てていた。 長い栗色の髪、鳶色の目をした制服姿の少女は、人間ではない。 悪意あるものでもない。 なにかは良く分からないが、とても、大きな、それでいて暖かな気を感じる。 だが、害意などは特に問題ではない。 問題なのは、彼女が会いたいと願う人物にある。 「‥‥‥少し、ここで、待っていてくれますか?」 「‥‥‥‥‥‥はい」
男が奥の部屋へ消えると、どこからともなく声が響く。 ひっそりと。 ----------ようやくお会いできますね。 「うん」 でも、と少女は言葉を濁した。 ----------どうされました? 「でも‥‥‥なんだか‥‥‥怖かった‥‥‥」 街中で見つけた時、あの人は厳しい目をしていた。あの人の周囲だけが、凍えるような冷たさを漂わせている気がした。そして、なによりも、あの人は、周囲を拒絶していたので‥‥‥声を掛けられなかったのだ。 ----------‥‥‥ケイリン‥‥‥‥‥‥。 心配そうな声に、少女は笑い返す。 「うん、でも、嬉しい。とっても」 その笑みは、向日葵のように明るく、けれど、どこか、脆さを感じさせた。
かちゃり、と音を立てて、扉が開く。 長い栗色の髪をなびかせて、少女は、扉へと数歩近付いた。 胸の前で手を組み、祈るような面持ちで、待つ。 「‥‥‥‥‥‥お待たせしました‥‥‥」 大きな男の人が、仄かに笑って出てくる。 その後ろからは、綺麗な綺麗な青年が出て来た。 真っ黒な衣服を身に纏ったあの人が‥‥‥‥。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 少女は大きく目を見張った。 そして、俯いて、顔を覆ってしまう。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥私は‥‥‥やっぱり、駄目な‥‥なんだ‥‥‥」 震える声で呟いて、少女は肩を震わせる。 「‥‥‥‥‥‥王気を間違えるなんて」 泣き出す少女に、あることを企てた男二人は顔を見合わせた。 「‥‥‥‥‥‥ばれてるみたいだね‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥そのようですね‥‥‥」 そして、二人揃って、深い深い吐息を吐き出す。 「‥‥ねえ、君、どうしてもナルに会いたいの?」 「?」 「‥‥‥‥‥‥僕は君が会いたいと願った人じゃないよ。彼の双子の兄なんだ」 「双子‥‥‥‥‥‥兄‥‥‥‥‥‥」 「うん、ごめんね。‥‥‥会わせると危険だからって‥‥‥騙すような真似をして、ほんとに、ごめん。でも‥‥‥危険なんだよ‥‥‥‥‥。後のことは保証できないよ。でも、それでも、どうしても会いたいなら、会わせてあげるけど‥‥」 「‥‥‥‥‥‥お会いしたいです‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥どうなっても?」 「はい」 きっぱりと言い切る少女の真摯な眼差しに、男二人は、また、揃って、深い深い深い吐息を吐き出す。 「‥‥‥‥‥‥じゃあ、その前に、とりあえず、色々と質問していいかな?」 「はい」 「じゃあ、単刀直入に。君は、なに?ナルになんの用?」 少女は、僅かに惑った。鳶色の眼差しが不安そうに揺れる。 けれど、すぐに、漆黒の相貌をまっすぐに見返して、静かに、告げた。 「‥‥‥‥‥‥私は、麒麟です。主上をお迎えにあがりました」
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真摯な眼差しをした少女が消えた扉を見つめて、ユージーンは吐息を吐き出す。 「‥‥‥‥‥‥人生っていろいろあるなぁ‥‥‥‥‥。けっこう起伏に富んだ人生だと思ってたけど‥‥‥僕、異界から、ナルを迎えに麒麟が来るなんて‥‥‥考えたこともなかったよ‥‥‥‥‥‥あんなとんでもないものを見せられたら、疑えないし‥‥‥‥‥‥」 とんでもないものとは、彼女を守る者たちのこと。使令、と彼女は教えてくれた。 「‥‥‥‥‥‥世界って広いねぇぇぇぇぇ」 ぼやきに返答はない。代わりに、深い吐息が返る。 「‥‥‥‥‥‥でも、あの人選は思いきり間違ってるよね。あれって、つまりは、人嫌いで研究馬鹿なナルに、王様になって大嫌いな人付き合いをして研究をやめろっていうことだよね‥‥‥無理だよね。絶対に‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥そうですね‥‥‥‥‥‥」 二人は揃って、また、所長室の扉を見やる。 防音が施されているので、中でなにを話しているのかは分からない。だが、二人共がその部屋の主の性格を熟知しているがゆえに、中に入った少女が哀れで心配で堪らないのだった。
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