‥‥‥‥‥‥‥kdfirst-1
デモ行進で賑わう渋谷駅前を、一人の青年が歩いていた。 日差しは夏の暑さを滲ませているというのに、衣服はすべて黒。なのに見ている者に暑苦しさを感じさせない。それどころか、青年の周囲だけが、真冬の厳しさを漂わせている。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 青年が通った後には、羨望の吐息だけが残された。 それは、実は、いつもの光景である。 彼を一目見るためだけに張っている女性も居るのだ。 しかし、青年は、何一つ視界に入れない。 万が一声を掛けても振り向くことさえしないだろう。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥見つけた」
だが、今日は、毛色の変わった新入りが混じっていた。 陶然と見守るお姉さま方の合間を抜けて、青年を追い掛ける。 その横顔は、美しい青年を追い掛ける恋する少女のものにしては、あまりに切実で厳しい。例えるならば、親の仇を見つけた子供に似ているかも、しれない。
小柄な少女は、青年の消えた扉の前で唇を噛みしめる。 そして、息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、よし、と気合いを入れた。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥大丈夫。間違ってない」 そんな言葉を呟きながら、少女は扉を開けた。 渋谷サイキックリサーチの扉を。
※
ぱしり、と僅かな反発を感じて、少女は眉を顰めた。掌が、ちりり、とする。 (‥‥‥‥‥‥なんだろう?‥‥‥‥‥‥) 首を傾げながらも中に入ると、奥の部屋から、背の高い大きな男の人が出てきた。そして、じっ、と見つめる。なにかを見破ろうとするかのように。 (‥‥‥‥‥‥どこかおかしいのかな?) 身なりには十分に気を付けたつもりなのだが、自信はない。 どこかに、とても、変な所があるのかもしれない。そういえば、何度か、人の視線を感じた。 あの人を見つけた衝撃と喜びと恐れで、振り向くことさえしなかったけれど。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥あなたは‥‥‥‥‥‥」 男の人が、近付く。 怖い。 (‥‥‥‥‥‥駄目‥‥‥‥‥‥) 怖いなんて、思っては、駄目。 そんなことを思ったら‥‥‥‥‥‥。 慌てて後ろに飛び退くと、男の人は目を見張った。そして、そこに立ち尽くす。 なにも言ってくれないので、どうしたらいいのか分からない。 声を掛けてもいいのかな? 「‥‥‥‥‥‥あの‥‥‥私‥‥‥人を探しているんです‥‥‥‥‥‥」 「人、ですか‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥さっき、ここに入った黒い服を着た方を‥‥‥‥‥‥」 男の人は、深い深い吐息を吐き出す。 「‥‥‥‥‥‥おやめなさい。彼のどこを気に入ったのかは分かりませんが、あなたの手に負えるような人ではありません。諦めて、あなたの居る場所へおかえりなさい」 帰りたい。 帰りたいけれど、帰れないのだ。 「‥‥‥‥‥‥話を、したいの‥‥‥‥‥‥」 「おやめなさい。帰れなくなりますよ」 「?」 首を傾げると、さらに深い吐息が吐き出された。 「‥‥‥‥‥‥彼は、あなたのような珍しい生き物を調べるのが、なによりも好きなのですよ」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 少女は、鳶色の眼差しを大きく見開き、ついで、ぽろり、と泪をこぼした。 (‥‥‥‥‥‥会いたい‥‥‥‥‥‥‥‥‥) あの人が、近くに居ることは分かる。 感じる。 (‥‥‥‥‥‥会いたい‥‥‥‥‥‥‥‥‥) 大きな男の人が、困っているのが分かる。嘘をついていないことも。 帰れないのは、困る。 でも、会いたい。 会いたい。 |
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