嘘か誠か。 確かめる術もない。
浸透愛〜しんとうあい5〜
「‥‥‥ふふ、気持ちいーい?」 ぐじゅ。 ぐじゃ。 びちゃ。 考えたくない所から響く水音に震えながら、イルカは、必死に、抵抗していた。 頭を染め上げる快楽は、あまりにも心地よくて強烈で、気を抜くと、すぐに、なにもかもを押し流してしまいそうになる。 けれど。 『‥‥‥今回だけは、赦してあげるよ、イルカ。俺が、心のひろーい恋人で良かったねぇ』 『‥‥‥好き。大好き。愛してる。だからね‥‥‥もう、余所の乳なんかに目を向けないでね。お願いだから‥‥‥』 聞き流してはいけない言葉を聞いた気がする。 だから、必死に、踏み留まる。 「‥‥‥か‥‥‥かかし‥‥‥せんせぇ」 「んー?」 「‥‥‥それ‥‥‥ど‥‥‥いう‥‥‥」 恋人? なんだ、それは。 そんな関係になった覚えは全くなかった。 好き。 愛してる? なんだ、それは。 いつもふざけたことは言うけれど。 そんな声で言われたことはない。 いつだって軽く、いつだって冗談で。 いつだって‥‥‥嘘ばかりで。 本気で言われたことも。 本気にしたこともない。 「‥‥‥‥‥‥」 いろいろなことを思い出して、イルカは、むかむかした。 そのむかむかがかろうじて思考を維持していた。 「あれえ?‥‥‥もしかして、イルカ先生、これに耐性できちゃった?うーん。飲ませ過ぎたかなぁ」 しかもまたなんかもっと嫌なことを聞いた気がする。 「‥‥‥かーいい一人エッチが見たくて‥‥‥かなり飲ませたからなぁ」 「‥‥‥」 嫌な思い出が甦った。 一緒に飲んだ後、どうしてか、体が熱くなって、慌てて、隠れて処理をした時のことが。しかも一回吐き出しただけでは治まらず、それがどうしてかさっぱり分からなくて、泣きそうになったことが。 まさか。 まさか。 まさか。 「‥‥‥あれは良かったねぇ。泣きそうになりながら、必死に擦って‥‥‥ほんと、もう、食いつきそうになって困ったよー」 ぶち。 イルカは、なにかが切れるのを感じた。 ものすごい勢いで、弾けるのを。 「‥‥‥い‥‥‥いいかげんにしろっっっっ!」 「んー?」 「‥‥‥あんた‥‥そんなに俺が嫌いなんですかっ!」 いつだって意味不明で。 いつだってわけが分からなくて。 喚いても叫んでも、好き放題されて。 けれど、優しい所もあって。 『おいしーいお酒を貰ったんですよー。飲みましょーよ』 上の上の上忍とは思えないほど気さくで。 価値観の違いはあるけれど、真面目な会話をすれば、教えられることはたくさんで。やっぱり、凄いんだ、と、思うこともたくさんあって。 からかわれるのは嫌だけど。 同僚たちに笑われるのも恥ずかしいけれど。 けれど、でも、二人きりの時の穏やかな心地よい優しい時間が惜しくて。 嫌だと思う気持ちに蓋をしてきたのに。 もしかして、嫌われているのではないかという気持ちを、押し殺してきたのに。 「‥‥‥い‥‥‥いるかせんせい?」 「‥‥‥っっっっ!」 「‥‥‥うわ‥‥‥ねえ‥‥‥そんな泣き方しないでよ。ねえ、どうして俺があんたを嫌うの?こんなに、可愛いって思ってるのに。ねえ、好き。大好きだよ」 「‥‥‥うそだ」 信じられなかった。 そんな言葉は絶対に信じられなかった。 ありえなかった。 「‥‥‥なんで嘘なの?」 「‥‥‥」 なんで? そんなの態度を見ていれば分かるじゃないか。 第一、好きな相手に、こんなことをする奴が要るわけがない。からかって遊んでいたぶるなんて、酷すぎる。 「‥‥‥ねえ?」 顔を見たくなくて声も聞きたくなくて体をよじる。 途端、たぷりと胸が揺れた。 ありえないほどに白く大きく膨れた胸が。 --------でかい乳だな。 いまさらそんなことを思う。 きっと、これは、彼の趣味なんだろう。そう思うと、なおさらに、なにもかもがばかばかしくなった。 「‥‥‥でかい乳が好きなら‥‥‥女の所に行けばいいじゃないですか。なんで、わざわざ、俺に‥‥‥こんなモノ付けるんです。あなたならいくらだってでかい乳の女が寄って来るでしょうに‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥なに言ってるの。でかい乳が好きなのはあなたでしょうが。でかい乳にうっとりと見とれていたくせに、逆切れしても、駄目ですよ。ごまかそうとしても無駄ですからね。しかもあんな見た目だけのばばあの乳に見とれるなんて、あんた馬鹿ですか。あの乳は偽物ですよ、偽物。あんな乳に見とれるぐらいなら、俺の本物の乳に見とれなさい」 「‥‥‥」 意味不明だった。 相変わらずわけが分からなかった。 「ほら、泣き止んで。つづきしますよ。これが効かないなら、もっときっついのを用意してあげますから。どろどろに溶けちゃいなさい」 しかも、どうして、当たり前みたいに尻を掴むのか。 まったく分からない。 だが、このままでは‥‥‥。 --------犯される。 それだけは、ようく、分かった。 見たくないけれど見てしまった、イルカのより遥かに立派な、赤黒いモノが、反り返っているのを見てしまっては。 本気で犯すつもりだと分かってしまう。 --------無理。 どこにそれを射れるのかということはイルカにも分かった。 男同士がどうやるのかぐらいは知っている。 戦地ではそういう関係がけっこうあることも。 だが。 --------無理だ。 あんなモノ入るわけがない。 「‥‥‥んー、なに、そんなにコレが欲しい?もうちょっと待ってね。射れたいのは山々だけど、痛い思いはさせたくないんだよねー」 違う。 そんなことは絶対に欠片も思っていない。 --------は、話を、逸らさなくては。 イルカは、必死に、これ以上はないほどに必死に、脳味噌を回転させた。 言われたことを必死に思い出して、ぐるぐる、考える。 けれど、元々、わけが分からない人だ。 考えても、やっぱり、わけが分からない。 「‥‥‥んー」 ぐじゅっ。 「‥‥‥ちょ‥‥‥やめっ」 じゅぽっ。 じゅっ。 しかも、なにかを探るようにイルカの顔を眺めながら、後ろに指を射れられて、思考が、乱される。逃げたいけれど、がっしりと腰を掴まれて、身動き一つ、自由に取れない。 「‥‥‥ち‥‥‥乳っっ!」 「‥‥‥んー。乳がどうかした?」 「‥‥‥い、いやです!」 「んー、でもねぇ、他の乳は駄目だから、これで我慢しなさいよ」 「ほ‥‥‥他の乳も‥‥‥いりませんっっ!この乳もっっ!」 とりあえずイルカは叫んでいた。 自分でもなに言っているんだ馬鹿、と、突っ込みつつ。 だが、なぜか、その言葉は、効いた。 「え?‥‥‥他の乳も要らないの?あんた、乳、好きでしょ?」 「だ‥‥‥な‥‥‥なんで、そういうことになるんですかっっっ!」 「見とれてたじゃない。偽物の乳に」 「な‥‥‥そんなことしてませんっっっ!」 「嘘。俺、見たもん。あんたが、ばばあの乳に見とれているの」 「はあ?‥‥‥ちょ‥‥‥」 なにかが間違っている。 絶対に。 「‥‥‥ちょ、ばばあの乳って‥‥‥」 ばばあ。 よくない言葉である。 だが、イルカは、その言葉を、たまに聞いていた。 『‥‥‥人使いの荒いばあさんだなー』 それは、主に、目の前の男がぼそりと言う言葉で。 しかも、それは、必ず、目の前に。 「‥‥‥あ、あんた‥‥‥まさか‥‥‥その偽物の乳って‥‥‥五代目の‥‥‥ことじゃないでしょうね?」 そんな、まさか、と、イルカは思った。 いや、それよりも、なんで、そんな風に勘違いされて、こんな目に合わなくてはならないのか。 「そうですよ。まったく、あんな偽物の乳にたぶらかされて、困った人ですよ、あんたは」 「‥‥‥‥‥‥」 「駄目ですからね。あんたは俺の恋人なんですから。乳につられて浮気なんかしたら、外を歩けない恥ずかしい体にしちゃいますからね」 「‥‥‥‥‥‥」 イルカは、しばし、惚けていた。 けれど、徐々に、徐々に、言葉の内容を理解して。 --------ぶちり。 遂に、いや、やっと、堪忍袋の尾を、ぶちぎった。
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