目を逸らしても‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猫日和4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を逸らしても逃げられない現実というものがある。

 当たり前のことではあるが、できれば、実感などしたくないものである。

 だが、その日、木の葉の中心、いつも賑わっている任務受付所に居た者たちは‥‥‥。

「‥‥‥イルカ先生は?」

「‥‥‥今日お休みなの?」

 無垢な眼差しに見つめられて良心の呵責に耐えなくてはならなかった。

 そして、彼らは、この里の現実を‥‥‥。

 中忍の悲しさを‥‥‥。

 実感せずには居られなかった。

 

 

     ※

 

 

 そもそもの事の発端は、いつも真面目で遅刻などしたことがない生真面目な男が遅刻したことから始まっていた。

 おかしいなーと誰もが思っていた。

 様子を見に行った方が良くないか、とも、囁いていた。

 だが、しかし、彼らは行けなかった。

「ああ、イルカは休みだよ」

 だって、この里の権力者が。

 一番偉い女傑が、そう言ったのだ。

 しがない中忍たちに突っ込みはできなかった。

 なんで休みなんでしょう、と、とてもとてもとても聞きたかったが。

 聞いたら‥‥‥なにかとんでもないことが起きそうな気がして‥‥‥聞けなかったのである。

 だが、たまに豪快過ぎる所があるが、相手は火影である。

 里の為に帰ってきてくれた女傑ならば、無理難題などを押し付けたりはしていないだろうという信頼があった。

「みぎゃーっっっっっっ!」

 ‥‥‥その猫が飛び込んでくるまでは。

 猫は小さかった。

 真っ黒で、一文字の傷があった。

 そして、猫らしからぬ動きをした。

 それがなんであるか。

 元がなんであるか。

 その場に居た忍たちにはすぐに分かった。

 けれど‥‥‥。

「みぎゃ、うにゃ、うにゃにゃにゃにゃにゃ」

 彼らは、それを、言えなかった。

 だって、居る。

 居るのだ。

 ぴちぴち跳ねる黒い子猫の後ろに。

 明らかに某上忍の忍犬だと分かるでかい犬が。

 器用に両足で、バッテンマークを示して。

 ででんと。

--------なぜ、バッテンマーク。

--------なんでこんなことに。

--------‥‥‥可哀想に。

 ぴちぴち跳ねる猫の元となった同僚が、ここ最近、しつこくしつこくしつこくしつこくしつこく、これでもか、と、腕利き里の誇りの上忍にストーカーされていたことは‥‥‥みんな知っている。

 ならば、これも、きっと、あの人絡みなのだろう。

 そう思えば、哀れで可哀想に思うのだが‥‥‥。

 手を差し伸べる勇気がある者は居なかった。

 だって、なにされるか分からない。

 いや、絶対に、なにかされる。

 猫の元となった同僚を飲みに誘っただけで命の危険を感じた者も、多く居る。

 うっかり親しく話しただけで、殺気に潰されそうになった者も、居る。

 つまりは、その場に居る者たちには、姿は見えないけれど原因であろう上忍への恐怖が染み着いていた。

 だから、もう、目を逸らすしかなかった。

「‥‥‥か、かわいい、猫だなぁぁぁ」

「‥‥‥ひ、人なつこいなぁぁぁ」

「‥‥‥あ、あら、尻尾が焦げていてかわいそう‥‥‥」

 尻尾が焦げるなんて。

 なにがあったんだろうとは思う。

 思うが‥‥‥。

「‥‥‥ふにゃーんっっっっ!」 

 鳴かれても、やっぱり、我が身が可愛いのだ。

 しかし、見捨てるのはあまりにも‥‥‥。

 あまりにも哀れで‥‥‥。

 視線は、この場を唯一なんとかできる女傑へと向けられた。

 そして、受付所の面々は‥‥‥。

 見たら駄目駄目な場面を見てしまったのだ。

 ぴちぴち跳ねる猫は気付いていない。

 でも、彼らは、見てしまった。

 バッテンマークを作っていた忍犬が‥‥‥。

 忍び文字で‥‥‥。

 取り引きしていた。

--------高い。

--------もう少し。

--------あとちょい。

 そして、最後の頼みの綱は‥‥‥。

 あっさりと満足そうに頷いた。

 そして。

 そして。

 そして。

「‥‥‥ふーん、随分と、変な動きをする猫だねぇ」

 そんな言葉だけですべてを済ませた。

 明らかにおかしいのに。

 なにもかもおかしいのに。

 あっさり。

 ばっちり。

 買収されていた。

 もうこうなったら‥‥‥してやれることはなにもない。

 してやれることと言えば、とりあえずはまともなモノを食べさせてやるだけである。

 そして、とぼとぼと帰る哀れな子猫を見送って、その後ろをしっかりばっちり付いていく忍犬を見送るしかなかった。

 そして、さらに、その後‥‥‥。

 彼らは、重要なことに、気が尽かされた。

 ぱたぱた駆け寄ってくる無垢な瞳に。

 教えられた。

「イルカ先生は、どこですか?」

「どこー?」

 可愛らしい包みを持って訊ねる子たちに悪気は全くない。

 だが、良心の呵責を必死にごまかしていた者たちにとっては、まさしく、傷口に塩‥‥‥ぐりぐり抉られるようなものである。

「‥‥‥イルカになんか用かい?」

「先生、今日、お誕生日だから‥‥‥」

「火影様、イルカ先生、どこですか?」

「どうしてお休みなの?」

 誕生日。

 誕生日。

 ああ、だからか、と、イルカの同僚たちは納得した。

 今日、目の前で起きた珍妙な出来事の理由を把握した。

 けれど、だが‥‥‥。

 どうにもしてやることはできない。

「イルカは、今日は休みだ。‥‥‥アカデミーの方もしばらく休みになるかもしれんから、私が預かって、渡しておいてやろう」

 にっこり微笑む美しい火影様を信頼しきっている無垢な眼差しが辛くて、誰もが視線を逸らす。

--------しばらく休みなんか‥‥‥。

--------そっか‥‥‥。

--------‥‥‥可哀想に‥‥‥。

 そして、しばらく休むらしいイルカの為に、仕事を分担して片付けてやることを、心に決めた。

「‥‥‥火影様‥‥‥イルカ先生‥‥‥任務?」

「‥‥‥大変なの?」

「まあ、ちょっとは大変かもしれないが、大丈夫さ。なんせ腕利きの上忍が一緒だからねぇ。良い薬も渡しておいたから大丈夫さ」

 あはははははははは、と、豪快な笑い声が響く。

 子供たちの明るい声が響く。

 もはや、それに心中で突っ込みを入れる者は居らず、受付勤務表とアカデミー勤務表に、本人未確認のまま訂正が為された。

 そして、その日、受付所は‥‥‥。

 上に意見することもできず、突っ込みを入れることもできず、ましてや、気のよい同僚を助け出すこともできない、哀しい中間管理職の悲哀が漂い‥‥‥。

 いつもよりとてもとても暗かった。

 

 

 

 

 

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