目が覚めたら‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猫日和3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら、自分の部屋だった。

 いつもの天井、いつもの布団、いつものなんだかなま暖かい体温。

 背中のなま暖かい体温はともかくとして、とりあえず、なにもかもがいつもどおりで、イルカはほっとした。

 そして、変で嫌な夢を見たなぁ、と、思った。

「‥‥‥おや、やっと、お目覚めですか」

「‥‥‥」

 ごそごそ後ろから抱え込むようにしている腕から、イルカは、逃れようとした。

 だが、捕まった。

 がっちりと。

 いつものことである。

 そう、哀しいほどに、いつものことである。

 銀髪腕利き里の誉れと名高い上忍は、本当に、なにが楽しいのかさっぱり分からないのだが、任務で居ない時以外は、ほぼ毎日のようにイルカに、変なちょっかいを掛けるのである。

 知らぬ間に家の中に居るのは当たり前。

 お風呂場に乱入するのは当然。

 深夜受付の仕事に赴けば、宿直室に連れ込まれる。

 普通に廊下を歩いていても、書庫に連れ込まれる。

 そうして‥‥‥。

 思い出すのも耐え難い悪戯を繰り返すのだ。

 かわいいかわいい、と、意味不明な言葉を繰り返して。

 イルカの意志などまったく無視して、いやらしいことばかりしてくる。

 なんでそんなことをするのかイルカにはさっぱり分からない。

 毛色の変わった自分が珍しくてちょっかいを掛けているだけかもしれないし。

 あまりにも必死に逃げるのが面白いのかもしれないし。

 あるいは、イルカごときでは分からない裏事情があるのかもしれなかった。

 どちらにせよ、イルカは、可愛い可愛いとほざく言葉は欠片も信じて居なかったし、こんな日々がいつまでも続くわけがないと分かっていた。

 腕利きで気まぐれで酔狂な上忍が飽きるまでのお遊びだと。

 それまで耐えればいいだけだと分かっている。

 だが。

--------面白くない。

 なんでそんな遊びに巻き込まれなくてはいけないのか。

 まったく、なんて迷惑な。

 いまさらながら理不尽さが腹立たしくて、イルカは、尻尾の先をばたばた揺らした。背後に居る上忍を、叩くようにして。

 ばしばし。

 ばしばし。

--------ばしばし?

 見たくないが感覚があってけれどやはり見たくなくてイルカは固まった。

「んー、可愛いねぇ。いつものイルカ先生も可愛いけど、尻尾のあるイルカ先生も可愛いねぇ。ま、イルカ先生なら、なんでも可愛いんだろうけどねぇ」

「‥‥‥」

「んー、動きが止まっちゃったねぇ。どうしたの?ほらほら、もっと、揺らしてよ。可愛い後ろのお口が見え隠れして、可愛いんだから」

--------後ろ?

「ふふ、かーわいい。固く閉じてて可愛くて、悪戯したくなるねぇ」

 すり、と、そこを撫でられて、イルカは、跳ねた。

 そして、あわあわあわあわあわ、と、逃げ出そうとした。

 だが、後ろからがっちりとイルカを捕まえた腕は揺らぎもしない。

「‥‥‥な、ななななな、なんでっっっ!」

 全裸だった。

 イルカは、本当に、今更だが、なんにも着てなかった。

 ついでに、やっぱり、尻尾があった。

 見たくないけど暴れた時に見えた。

 しかも。

 しかも。

 暴れているイルカをいとも簡単に押さえ込んだ男に、可愛い可愛いと言われて耳を撫でられて‥‥‥。

 耳が‥‥‥。

 ありえない場所に生えていることにも気が付いてしまった。

「‥‥‥な‥‥‥な‥‥‥な‥‥‥な」

「ふふ、可愛いから、耳と尻尾だけ残しておいてあげたんだーよ」

「‥‥‥の‥‥‥の‥‥‥」

「結構複雑な術だったから、それだけ残すのって、難しくてねぇ。まあ、半日程度で消えちゃうだろうねぇ。勿体ないなあ」

「‥‥‥う‥‥‥の‥‥‥」

「消える前に、楽しまないねー」

 やっぱり、と、イルカは思った。

 やはりやはりこれはこの男の仕業か、と。

「‥‥‥うにゃぁっっっっっ!」

 イルカは怒りの叫びを上げて、いままでよりさらに激しく暴れ出した。

「‥‥‥うにゃあ、うにゃあ、うにゃぁぁっっっっ!」

 己がなにを叫んでいるのかも把握せずに、ともかく、暴れた。

 だが、いつもなら、ここら辺で離してくれるはずなのに。

 今日の変態上忍はいつもとどこかが違った。

「だーめだよ。今日はお仕置きしなくちゃだからねぇ。こーんな可愛い尻尾を、あんた、何人にすり付けた?」

「‥‥‥っっっ!」

「しかも、可愛いお尻まで見せちゃって。いやらしい」

「‥‥‥っっっっっっ!」

「それに、ねぇ、なんで、俺の名前を呼ばなかったのさ?あんな奴等に頼る前に、俺の名前を呼ばなきゃ駄目じゃない。しかも、なに簡単に人に貰った物食ってるの?あんた、死にたいの?‥‥‥駄目駄目。俺以外の奴から餌貰ったら駄目じゃない」

 あまりの暴言の羅列に、イルカは、もはや、息さえ難しかった。

「‥‥‥いままでは見逃してあげたけど、もう、駄目だねぇ。ちゃーんときっちり躾てあげる。あんたの為だしねぇ」

「‥‥‥な、なに、勝手なことばかり言っているんですっっ!さっさと、離して、このくだらない術を解いてください!」

「え、やーだよ。可愛いし、面倒だもん」

「こ、この術のせいで、俺がどんな目に合ったと思っているんですか!俺に断りなしにこんな術を掛けて!あんたはやっていいことと悪いことの区別もつかないんですかっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」

 いままでの鬱屈をすべて吐き出すようにしてイルカは叫んだ。

 だが、面の皮の厚い上忍には、さっぱり効かなかった。

 それどころか‥‥‥。

「ふーん」

 ものすごく嫌な笑いを返された。

「イルカ先生はー、俺が、あんたに、こーんな術を掛けたと思ってるんだ?」

「‥‥‥」

 ものすごく引っかかる物言いである。

 イルカは賢く沈黙を選ぶ。

 だが、

「その理由を話さないと、このまま、突っ込むよ〜」

 熱く昂ぶったモノを後ろから当てられては‥‥‥。

 黙っていられなかった。

「‥‥‥だ、だって、お、俺の、今日一日の行動を‥‥‥」

「ああ、それね。そんなのいつもだよ。イルカ先生には忍犬付けてるもん。だって、あんた、とろいし、お人好しだから、残して任務に行くのが心配でねぇ。あ、ちなみに、これは、三代目が許可してくれたことだからね〜。五代目も、知っているからね」

「‥‥‥」

 イルカは、目を、瞬いた。

 そして、思い切りよく後ろを向いて、もはや、なにもかも忘れる勢いで、問い詰めた。

「どどどどどど、どういうことですかっっっ!さ、三代目が、な、なんでっ!」

「だって、あんた、重要人物じゃない」

「はあ?」

「なのにさ、ほどほどの中忍だし、お人好しだし、とろいし、放置しとくのやばいじゃない。もー、最高に、やばやば」

「‥‥‥なに言っているんですか。俺を放置しておいても誰も困りませんよ」

「困るよー。俺とナルトと三代目が。ナルトは、まー、いまでも、あんたのことは一番大好きだろうから、暴れるね。間違いなく暴れるね。んで、三代目も、ぶち切れるね。すごいことになるね。んで、俺は‥‥‥んー、そうだねー、なにするか自分でも分からないなー。そうだねー、とりあえず、相手方の里は潰すよ。それがね、木の葉でも、潰すよ。女子供でも容赦しないよ」

「‥‥‥」

 さらりとさらりととんでもないことを言われて、イルカは固まった。

「それからねー、あんたを、生き返らせるよ。どんな手段を使ってもね」

「‥‥‥」

「きっと、ナルトなら手伝ってくれるだろうし、分かってくれるんじゃないかな。だってねえ、あんたは、俺の一番なんだもの」

 さらりと当たり前のように囁く男が、イルカは、誰か、分からなくなった。

 性質の悪い悪戯ばかりする上忍じゃない。

 ナルトたちがぶうぶう文句を言いながらも慕うカカシ先生じゃない。

 里の誉れと名高い写輪眼じゃない。

 これは。

 これは。

 これは‥‥‥。

「‥‥‥でもねー、俺は、そんなことはしたくないんだよね。だって、あんた、絶対に泣くだろうしね。どうして生き返らせたんだって怒るだろうしねぇ。だからね、俺はね、あんたのことを守るよ。それが、この里の為にもなるしねぇ。その辺り、五代目もよーくわかってらっしゃって、俺が居ない時は、暗部を護衛に付けてるみたいだしねぇ。話の分かる人が火影になってくれて、本当に、助かるよ〜」

「‥‥‥‥‥‥」

 イルカは、もう、なんにも聞きたくなった。

 本当に、なんにも。

 心の底から、本当に。

 だが、ただの変態だと侮っていた男は、壊れた笑みを浮かべて、イルカをさらに追い詰める。

「イルカ先生、俺を疑った罪は重いよ」

「‥‥‥う」

「可愛い可愛いイルカ先生の為ならなんでもする俺を疑うなんて、酷い人だよねぇ。しかも、俺の名前も呼ばずに、あちこちに愛想振りまいて‥‥‥本当に、困った人だよねぇ」

「‥‥‥ぐ」

 なんだか自分がものすごく悪かったような気がして、イルカは口ごもった。

 なんか違う、なにかがおかしい、とは、思うのだが。

「お仕置きだよねぇ。これは」

 いや、それは、違う。

 と、いうか、嫌だ。

 遠慮する。

 のーさんきゅー。

「ああ、でも、今日は加減してあげてもいいよ。なんたって、やっと、イルカ先生が俺のこと受け入れてくれためでたい日だしねぇ」

 訳が分からない言葉である。

「‥‥‥へ?‥‥‥え?‥‥‥ぐ‥‥‥」

 俺がいつ、と、問い掛けようとした口をイルカは塞がれた。

 がっちりと掴まれて、ねっとりと、口の中を犯された。

 そして、息が絶え絶えになって、漸く、離して貰い‥‥‥。

「嬉しかったなぁ。俺が呼んだら来てくれて、すりすり懐いてくれて、しかもその上、可愛いキスまでしてくれて。やっと、俺を、受け入れてくれたんですね」

 イルカは、ぼんやりしたまま浮かれる言葉を聞いていた。

 なんか違うと思いながら。

 それが、最後の逃げるチャンスだとも知らずに。

 ただ聞いていた。

「‥‥‥ふふ、大好きですよ、イルカ先生。これで、やっと、あの、忌々しい爺の置き土産から解放される」

 なんだかなんだかやばそうな気配をびしばし感じながら、イルカは動けなかった。頭が痺れて、体も固まって、助けを求める声すら出すことが出来ずに‥‥‥。

 爛々と目を輝かせる強く美しい獣が。

 嬉しそうに目を細めて牙を剥く姿を。

 ただ。

 見上げていた。

 そして、不思議な言葉を、どこか遠くで聞いた。

「おめでとう、イルカせーんせ」

 

 

 

 

 

 

 

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