目が覚めたら‥‥‥‥‥‥。
ムーン・パウダー ‥‥‥‥‥‥6
ものすごく爽やかに目覚めた朝、イルカは、理解不可能な状況に追い込まれていた。場所は、自宅の寝室に間違いなく、とりあえず、記憶に混濁も無い。けれど、おかしかった。 すー、すー、と、微かに微かに寝息を立てている男の存在がおかしかった。 誰ですか。 なんですか。 なんなのですか、と、イルカが叫ばなかったのは、その男が、親しいと呼んでも差し支えがないであろう人だったからである。そして、その寝顔があまりにも幸せそうで‥‥‥起こすのが可哀想だったからである。 きっと任務明けで、疲れているんだろうなぁ。 などと、思ったら、身動き一つできない。 なんか近いけど。 顔が無茶苦茶近いけど。 しかもなぜか抱え込まれているけど。 でも。 こんなにぐっすり寝入っているのを、起こすのは、あまりにも酷い気がしてならなくて、指一本動かせなかった。代わりに、冷や汗が、だらだら流れていたが。 (‥‥‥とりあえず) 現状を把握しよう、と、イルカは思った。 そして、必死に、昨夜の記憶を漁る。 --------月が明るかった。 満月だった。 それは、覚えている。 祈ったことも。 願ったことも。 そして、悩んだことも。 『カカシには、近付くな。自分の身が可愛ければ、絶対に、近付くんじゃないよ』 覚えている。 忘れられるわけがない。 答えが出なかったことも覚えている。 本人に聞こうかどうか迷ったことも。 (‥‥‥どうしよう) どうしたら良いのか、イルカには、本当に、分からなかった。 動くことも無理。 考えても無駄。 まさしく、どこをどう見回してもどこにも逃げ場がなくて、もはや、イルカの許容量はぱんぱんだった。うー、と、小さく、イルカは唸った。もう、なんか、泣きたくなっていた。 (‥‥‥どうしよう) 「‥‥‥どうしたの?」 「‥‥‥」 しかも、目を覚ました。 「気配が痛いよ。なに、どっか、痛い?」 「‥‥‥」 さらにはなんか聞いている。 優しい声が、響いている。 けれど。 『カカシには、近付くな。自分の身が可愛ければ、絶対に、近付くんじゃないよ』 と、言われたのだ。 こんなに優しくてこんなに良い人なのに。 どうして近付いたらいけないのだろう。 こんなに、こんなに‥‥‥‥‥‥。 (‥‥‥あれ?) イルカは、ふと、心中に浮かんだ答えに戸惑った。 それは、本当に不意に浮かんだもので、いままでは、考えたこともなかったことで、驚いて‥‥‥思考が止まる。 けれど、後ろから尋ねる人は、イルカの混乱などお構いなしに、さらに、混乱させてくれる。優しい声で尋ねて、優しい手で頭を撫でてくれて、優しい眼差しで見つめてくれている。 それは、なにもかもが心地よくて。 なんだか、うんと幼い子供に戻った気分になってしまう。 「どうしたの?‥‥‥お腹冷やしたの?頭痛い?」 それは中忍が掛けられるには、あまりに情けない問い掛けだと思う。 そんなに柔じゃない、と、言いたい。 けれど、甘い甘い手が、甘い甘い声が、なにもかもを封じてしまう。 うん、と、頷いて、その手に懐きたくなってしまう。 だって、優しい。 だって、嬉しい。 だって‥‥‥‥‥‥こんなに、こんなに、ダイスキだ。 「う‥‥‥ああああぁぁぁぁぁっっっっ!」 「い、イルカ先生っっっ?」 自覚は、とんでもない状況で、唐突に、訪れた。 イルカは、なにもかもに耐えきれなくて、布団の中に潜り込んだ。 そして、丸まった。 まん丸に。 蓑虫のように。 (‥‥‥うぎゃあっっっ!うそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそだっっっっっっ!) イルカは必死に、唐突に理解したことを否定しようとした。 一生懸命。 否定しようとした。 けれど、駄目だ。 駄目だった。 「イルカ先生っっ!」 ぺいっ、と、布団をめくられて、頬を両手で包まれて。 おでことおでこをくっつけられたら。 もー、駄目だった。 (‥‥‥ちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかいっっっ!かおがーっっっっ!) 綺麗な顔が間近にあって、綺麗な色違いの眼差しも凄く近くて。 吐息まで感じてしまって。 もー、駄目駄目だった。 刺激が強すぎた。 「‥‥‥イルカ‥‥‥イルカ先生っっっ!」 必死に呼ぶ声を遠くに聞きながら、イルカは、意識を、手放した。 そうして、意識の端の端で‥‥‥。 「‥‥‥うわあ、なんか美味しそうなんだけど‥‥‥‥‥‥ちょっとだけならつまみ食いしていいよね?」 なんだか意味不明な言葉を聞いた。
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