夢物語を‥‥‥‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーン・パウダ ‥‥‥‥‥‥5

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごろり、と、寝転がるイルカを見下ろして、カカシは苦悶していた。

 無防備に転がり目を閉じて寝入っているのは、イルカ。

 カカシが、欲してやまない可愛い生き物だった。

 これは、もう、浚って愛でて下さい、と、言っているも同然の据え膳だ、と、カカシは、思う。たとえ、いまのカカシの姿も、気配も、なにもかもが、イルカにはまったく認識できていないとしても、カカシには、関係ない。

 そもそも自分の誕生日祝いにイルカを監禁して調教してやろうと計画するようなカカシに、なにかする時は同意を得ておきましょう、という、常識は常備されていない。それどころか、どれだけ諭されても、なに言っているか良くわかんないなー、と、耳から耳へと流して火影の逆鱗に触れた男なので、忠告も警告も脅しも意味がない。

 だが、カカシは、いま、踏み留まっていた。

 カカシをちょっとでも知った者が見たら、カカシの偽物かもしれない、と、疑うほどに、きっちりと踏み留まっていた。

 己の欲したモノがごろりと転がっているのに、指先一つ触れていなかった。

--------いや、カカシは、触りたいのだ。

 ごろごろ転がる無防備なイルカの喉に食らいついてやりたい、と、切実に思っている。ましてや、寂しそうな哀しそうな声で、名前を、呼ばれているのだ。そんな可愛い誘いには、乗ってやらなくては、と、まで、思っている。

 なのに、カカシは、動かなかった。

 正確には、動けなかった。

 手足の先まで、何一つ、自由にならなかった。

 それは、なにか怪しい術を掛けられたからではない。

 おっかない火影の言葉を思い出したからではない。

 本能が。

 カカシのずば抜けて優秀な勘が、激しく、警告しているからだ。

--------駄目だ。

 なにが駄目なのか、分からないのに。

--------いまは、手出ししたら駄目だ。

 激しく厳しく警告が頭の奥で鳴り響く。

 それを無視することは容易かった。

 だが、過去、幾度も、その警告で命拾いしてきたカカシは、その感覚を大切にすることがどれほど大切か知り尽くしていた。

 なによりも、イルカは特別だった。

 代わりなど考えることもできないほどに。

 替えのない、大切なモノだった。

 だから、カカシは、我慢した。

 我慢するしかなかった。

 警告を無視して手出しして喪うことなど絶対にできないモノだから、我慢した。

 そして、伸ばし掛けた手を、ぷるぷるさせた。

 イルカのすぐ近くで。

 目の前で。

 ぷるぷるさせた。

 けれど、イルカはまったく気が付かない。

 気が付く素振りも見せない。

 まったく見事なまでに、カカシは、イルカのすべてから排除されていた。

 それは、幻術ではない。瞳術でもない。気配を殺しているだけでもない。

 そして、チャクラもまったく使っていない。

 だが、カカシは、間違いなく消えていた。

 少なくともイルカの視界からは。

 間違いなく消えていた。

 それは、すでに、確認済みだった。

 なにせ、カカシは、イルカが、月に祈っている時に、ここにやって来たのだ。

 イルカの目の前で窓を乗り越えたし、イルカの目の前にずっと立っていた。

 だが、イルカは、まったく認識せず、ただ、一度、カカシが気配を揺らした時に、なんとなく認識しただけだった。そして、それ以降は、まったく、気付いてもいない。

 それは‥‥‥。

 それは‥‥‥。

--------なんか便利過ぎて怖いねぇ。

 とりあえずぷるぷるさせた手を下ろしたカカシが、つい先ほど受け取った特権だった。特別サービス、とも、言う。

 けれど、どうにも、それは、カカシ本人でさえも怪しすぎて、夢かと思ってしまうものだった。だって、どう足掻いても、おかしいだろう。

--------麻袋を開けたら間抜けなマホウツカイが転がり出て、助けて貰った御礼にスガタガキエルマホウノコナをくれただなんて。

 御礼に貰った瓶を懐から取り出して、カカシは、眺める。

 それは、透明な瓶で、きらきら輝いていた。

 そう、まるで、月光を閉じ込めたみたいに。

 きらきら。

 きらきら。

 きらきら。

 それを眺めていると、遥か昔の記憶が刺激された。

 そもそも、あの、あまりにも胡散臭い小さな生き物の言い分を、とりあえずは信じてやったのは、その記憶があったからだった。

 カカシは疑い深い。

 そして、当然のごとく、慎重だ。

 里の境界線近くで見付けた、いかにも怪しい物体を、見逃すなんてことは、普通はしない。ましてや、怪しい麻袋から転がり出た、髭と髪が異様に長い小さな老人、しかも、最初は、姿が見えなかった怪しい人物などは。

『あのねぇ、これは、とっておきの秘密なんだけど‥‥‥』

 けれど、その怪しさ爆発の生き物の髪と髭が、きらきらしていて。

『もしも、君が、満月の夜‥‥‥‥‥‥』

 さらには、奇妙なとんがった帽子を被っていて、敵意など、欠片も無かったから、カカシは、昔、昔、昔に教えて貰った言葉をとりあえずは信じてみた。

 かつて師は言った。

『とりあえず親切にしてあげたら、たぶん、面白いモノが貰えるよ』

 愉快そうに。

 楽しそうに。

 なにかを思い出すかのように。 

 ああいう顔をしている時は、重要だが、くだらないことを話しているのだと、カカシは、知っている。そして、使いようによっては、非常に役に立つ話だとも。

 だから‥‥‥‥‥‥。

『‥‥‥う‥‥‥ぎゃああぁぁぁぁぁぁ』

 麻袋を開けた途端、姿を消したまま逃走しようとした恩知らずを、掴まえて、縄でぐるぐる巻きにして転がしてやったら、それは、姿を現して、悔しそうに問い掛けたから‥‥‥。

『な、なんで、儂を掴まえることができたんじゃ?』

『ん。気配で分かるよ。んなもん』

 親切に答えてやった。

 そして、ついでに、これからどうなるかも教えてやった。

『とりあえず、あんた、里の境界線に居た不審人物だから、これから、イビキに引き渡すから。イビキって言うのはね、拷問が大好きな、尋問・拷問部隊部隊長で‥‥‥‥‥‥』

 細かく、細かく、優しく、親切に、教えてやった。

 そうしたら、かつて師が言ったとおり、それは、面白いモノをくれた。

『わ、儂は怪しいもんではない!た、頼む、見逃してくれ!見逃してくれたら、わ、儂のとびっきりのパウダーをやるから!』

 どうしようか迷ったけれど、カカシは頷いた。

 かつて師は言ったからだ。

『あと、絶対に、追い詰めたら駄目だからね。いろいろ厄介なことになるから。大騒ぎになって酷い目に合いたくなかったら、そこそこで見逃してあげなさい』

 カカシは疑い深い。

 慎重だ。

 それは間違いない。

 だが、カカシは、ある意味、素直だった。

 カカシが認めたあまりにも数少ない人物に対してだけは。

 なぜなら、その言葉がカカシに不利に働いたことなどなかったから。

 いつだって、カカシの為になったから。

「‥‥‥さて、どうしようかねぇ」

 それは、勿論、いまも変わらない。

 いま、カカシは、非常に美味しい状況に居た。

 面白いモノも手に入れた。

 実に楽しいモノも見れたし聞けた。

 途中、ちょっと、面白くなくて、苛立ったけれど。

 それは、まあ、横に除けても良いぐらいには。

 楽しい。

「‥‥‥‥‥‥」

 くすー、くすー、と、可愛い寝息を立てている可愛い生き物を見下ろして、カカシは、どうしようかと迷う。

 このまま浚うのは簡単。

 犯すのはもっと簡単。

 快楽に溺れさせるのもたやすい。

 けれど‥‥‥。

 けれど‥‥‥。

 なぜだろうか。

 安らかな寝顔を見ていると、そういったことをしてはいけない気がして、手足が動かなくなる。けれど、こんな所で寝たら、この柔そうな生き物は風邪をひいてしまいそうで怖い。

 カカシは、手を伸ばした。

 そして、寝入ったイルカを抱えて、布団に運んでやる。

 そういった動きは、簡単にできた。

--------変だねぇ。

 そう思いつつも、カカシは、布団でイルカを包む。

 頭を撫でて頬を撫でる。

 途端、イルカの顔が、へにゃり、と、可愛く崩れた。

 嬉しそうで。

--------コドモみたいだった。

(‥‥‥ああ、そうか)

 その顔を見て、カカシは、納得した。

 ここに居るのは、眠っているのは、いまは、コドモなのだ。

 無防備で弱い守らなくてはいけない存在だと、自分は認識しているのだ。

 カカシはコドモには優しくしてやるようにしている。

 敵であるならばコドモでも容赦はしないが。

 敵でないコドモは。

 優しくしてやることにしている。

 そうしなさい、と、かつて、教えられたから。

 そうすると、周りが静かだから。

 あるいは、ぎゃあぎゃあと叫んでいた五代目にも、イルカがコドモに見えていたのかもしれない。だから、カカシが計画したことを知って怒ったのかもしれない。ならば、明日、言いに行こう。コドモだから、しばらくは、我慢する、と。そうすれば、多分、もう、邪魔されないだろう。

 イルカは体は大きいから、きっと、すぐに、オトナになるだろう。

 だから、もうしばらくだけ待ってやろう。

 暖かいイルカを抱え込んで、明日の予定を決めたら、眠くなってきた。

 だから、カカシも、目を閉じた。

 ひどくふわふわした心地よさを感じながら、眠りに落ちていった。

『コドモを大切にできない世界に意味なんてないよ』

 力強く懐かしく喪ってしまった声を、なんとなく、思い出しながら。

 久方ぶりの安らかな眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

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