願い事なんて、意味がない、と、思う。
ムーン・パウダー ‥‥‥‥‥‥3
カカシは疑い深い。 人を簡単には信じない。 裏切りは当然だと思っている。 それは、忍、ましてや、上忍であれば当然の心構えである。 だから、里の境界線近く、深夜、怪しい動きをする者たちに、掛ける情けなど欠片も持ち合わせていなかった。ましてや、怪しい者たちが、カカシが嫌いなしつこく陰険な雨隠れの額宛てをしていては、容赦の、よの字も思い出すことは不可能だ。 --------一匹残して瞬殺決定〜。 面倒なことだと思いつつ、カカシは、喜んでいる。 八つ当たりには、とっても最適だから、喜んでいる。 けれど、喜びの余り、馬鹿なことをするような愚か者ではない。 そう、元気で真面目な金色小僧のように、真正面から向かっていくなんてことは、無駄の無駄。労力少なく害虫駆除が、模範解答である。 --------幻術か、毒霧か‥‥‥うーん、どうしようかなー。 気配を殺しつつ、悩むこと数瞬、カカシは、決めた。 カカシには、見えたのだ。 害虫が背負う麻袋が、ぴくり、と、動いたのが。 なにか特殊な布を使っているらしくて気配はしなかった。 だが動いたのならばなにかの生き物だろう。 そして、たぶん、あの大きさと形からして、人間、しかも、子供だ。 恐らくは、木の葉の。 さらには、もしかしたら、アカデミーの子かもしれない。 カカシの脳裏に、嘆く可愛いイルカの姿が浮かんだ。 教え子が行方不明なんてことになったら、浚われたなんて聞いたら、あの人は、きっと、きっと、たくさんたくさん泣くだろう。哀しむだろう。自分を責めるだろう。 --------惨殺決定! 額宛を取り外し、カカシは、チャクラを練った。 そして、いきなりの敵襲に驚く雨忍たちに、にたり、と、笑い掛けた。 「俺に見付かって、あんたら、運が悪かったねぇ」 誰だ、なんだ、と、騒ぐ隙もなく、害虫たちが倒れていく。 ばたばた、ばたばた、殺虫剤を撒いたかのように。 そして、仰向けに倒れては、泡を吹いた。 喉をかきむしった。 悲鳴を上げた。 それらを聞きながら、カカシは、麻袋に近付いた。 麻袋は、また、ぴくぴく、動いていた。 けれど、相変わらず、気配はしなかった。 カカシは疑い深い。 人を簡単には信じない。 だから、当然、麻袋をあっさりと紐解いたりしない。 「おい」 麻袋を担いでいた害虫は、毒霧に巻かれて苦しむ幻術からは逃れていた。 ただし、四肢を千本で、地面に縫いつけられてはいたが。 「これは、なんだ?」 「‥‥‥が‥‥‥うあ‥‥‥」 愚かなことに逃れようと足掻く害虫の足を踏みつぶしながら、カカシは聞いた。 ついでに、千本を増やしてみたりもした。 害虫は、とげとげの生えた芋虫のようになった。 「さっさと喋らないと、俺、なにするか、わかんないよー?」 「し、しら‥‥‥しらないっっ!」 「はあ?」 千本が、また、増えた。 ついでに腕もとげとげが生えた芋虫のようになった。 「‥‥‥がっ!」 「知らないってなによ。俺のこと馬鹿にしてんの?」 「ほ、ほんとうに‥‥‥しら‥‥‥しらないんだ!か、帰り道に、いきなり現れたから‥‥‥とりあえず連れて行け‥‥‥と‥‥‥」 「ふうん。帰り道ねぇ。あんたら、どこから出てきたのさ?」 「‥‥‥‥‥‥」 「里の境界線に居たら、まあ、わかりきっているけどねぇ」 「‥‥‥‥‥‥」 「じゃあ、とりあえず、それはおいといて、里でどんな悪さしてきたのか、こわーいおじさんたちが迎えに来る前に、ぜーんぶ、吐いちゃおうねぇぇぇぇ」 吐かずに我慢してくれたら嬉しいなー、と、思いつつ、カカシは、特大千本を取り出した。そして、恐怖でひきつっている害虫に、優しく、教えてあげた。 「カワイソウに。あんた、本当に、運が悪いねぇ。俺、いま、丁度、八つ当たりしたい気分なんだよねー」 さっさと吐き出した方が楽になれるよ、と。 我慢したら、とっても酷い目に合うよ、と。
※
境界線近くで不審人物発見、捕獲、との、知らせを受けて、森乃イビキは部下たちを引き連れて、指定された場所に駆け付けた。 そして、深夜、森の奥で、深い、深い、吐息を吐き出した。 通告者が、あの、カカシだと聞いた時から、イビキは、予感していた。 通告は有り難い。 だが、果たして、行って得るモノはあるだろうか、と。 子供たちの前では、いろいろといろいろといろいろと考えた末に猫を被っているようだが、本来のはたけカカシという男は、酷く、忍らしい男だ。 いまの木の葉が出来上がる前の木の葉が、いや、力のみを追い求めていた大戦の頃の忍たちが追い求めた理想‥‥‥感情を持たない殺戮に特化した力を持つ、揺るぎ無いモノ‥‥‥それが、はたけカカシだ。 そのカカシに捕らえられた忍は、まさしく、運が悪い、としか、言いようがない。あるいは、尋問・拷問部隊隊長のイビキに引き渡された方が、遥かにましださったかもしれない。 イビキは、無用の痛みは与えない。 情報を得れば、それでいいのだ。 他者を虐げる快楽に染まることは、愚かなことだと思っている。 だが、カカシは違う。 「‥‥‥相変わらず、容赦のない奴だ」 カカシは、情報は勿論得るが、痛みも搾り取る。 その時の気分次第で、それはもう容赦なく。 口から泡を吐き出し、苦悶の表情を浮かべたまま、死んだ男たちを見渡して、イビキは、深々と、また、吐息を吐き出した。そして、ただ一人、運悪く、生き残ってしまった男に視線を向けた。 そこに居たのは、蓑虫だった。 それも血塗れの。 棘だらけの。 「‥‥‥‥‥‥う‥‥‥あ‥‥‥‥‥‥あ‥‥‥‥‥‥」 微かに息と呻きを漏らすだけの男の目は、開いている。 だが、焦点がまったく合っていない。 精神が壊れている可能性がかなり高い。 けれど、生き残っているのは、この男だけなのだ。 つまり、イビキは、まず、この男を正常に戻さなくてはならなかった。 「‥‥‥‥‥‥あ‥‥‥う‥‥‥‥‥‥」 あのカカシが壊したモノを直す苦労を思って、イビキは、また、深々と吐息を吐き出した。そして、指示を待つ部下たちに、とりあえず回収を命ずる。 「とりあえず、連れて行って、医療班に見せろ」 「はい」 「了解致しました」 素早く動く有能な部下たちに満足しつつ、イビキは、辺りを再度点検した。 だが、やはり、他に動くモノは何一つない。 ただ、気になるモノが、二つあった。 いつもなら、にやにや笑いながらイビキたちが到着するのを待っているカカシが居ないこと。 もう一つは‥‥‥。 「‥‥‥随分と大きな袋だな」 なにも入っていない大きな袋が放り投げてあること、だった。 大きな袋を持ち上げて、イビキは、目を、瞬いた。 なぜか。 袋が、僅かに、金色に瞬いた気がしたのだ。 けれど、それは、すぐに、消えてしまった。 そして、袋は、もう、なんの変化も見せなかった。 それは、どこからどう見ても、ただの、大きな、麻袋でしかなかった。
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