祈りは届かないと知っているけれど。
ムーン・パウダー ‥‥‥‥‥‥4
月が白く明るく輝く夜空を見上げながら、イルカは、延々と祈っていた。 最初は、逆巻き銀髪の上忍のことを。 そして、次は、いまもどこかで修行に励んでいる金髪の元悪戯小僧のことを。 そして、そして、そして、いろいろといろいろと思い出してしまって、思考がとめどなく渦巻き出して‥‥‥止まらなくなっていた。 心配ごとはあまりにもありすぎて‥‥‥。 本当に願い事が叶うのならば、叶えたい望みはたくさんあり過ぎた。 --------欲張り過ぎだろ。 自分で自分に突っ込みを入れて、イルカは、苦笑した。 そして、ふと、気が付いた。 いや、気が付いたと言うよりは。 微かに、そんな気がした、と、言う方が正しいかもしれない。 イルカは、顔を、上げた。 そうして、そんなことあるわけがない、と、思いながらも、後ろを振り返り、問い掛けた。 「‥‥‥カカシさん?」 里の宝と呼ばれているのに、飾ることなく、驕ることもなく、どこまでも優しくて気さくな人の名前を呼んだ。 けれど、返る声はない。 当然のことである。 いま、彼は、遠く離れた地で、任務をこなしているはずだ。 万が一にも、早く終わって帰って来ていても、イルカの所に、ましてや、こんな夜中に来てくれるわけがない。 だが、その当然のことを確認しただけなのに、イルカは、ひどく、がっかりした。とても、残念に思った。そして、酷く、がっかりしている自分に驚いた。 それは、つまりは、 --------会いたい、と、思っている? そういうことなのではないだろうか。 あり得ない気配を感じてしまったと勘違いするほどに、その存在を求めていると言うことではないだろうか。 --------まさか。 気さくな良い人だ。 一緒に飲む酒は美味しくて一緒に過ごす時間は心地よい。 だが、イルカは、誰かに執着することのない自分を知っている。 いや、執着を恐れていると言うべきか。 無事は祈る。 怪我が無いように祈ることはある。 けれど、かつての喪失の痛みが、歪み、強固な壁になっているせいか、イルカは、親しい者を‥‥‥心の内側に入れる者を長く作って来なかった。 そこに飛び込んだのが、ナルト。 頑なさを知りながら見守っていてくれたのが、三代目。 特別な人は、この二人だけだった。 そして、いまは、ただ一人だけだったはずなのに。 『‥‥‥イールカ先生』 いつのまにか。 いつのまにか。 いつのまにか。 あの人は、するりと、忍び込んでいたのか。 堅く閉ざした内側に入り込んでいたのか。 それは、あまりにも、危ういことなのに。 --------分かっていたのに。 --------いつのまに。 イルカは、わめきたくなった。 そんなことは、すべて、無かったことにしたかった。 閉め出してしまいたかった。 なぜなら、彼は、上忍だ。 イルカ程度では想像もできない過酷な任務に赴き、生死の境を戦いながら切り抜けていく、忍だ。 彼は、強い。 彼は、里の宝だ。 彼は、里の誇りだ。 それは、知っている。 だが、その彼より強い火影でさえも、あっけなく、散ることがある。 強い者はさらに強いモノに戦いを挑み、イルカの手など絶対に届かぬ場所で、喪われてしまう。 そんな人を。 心の内側に入れるなど、傷つくだけの、愚かなことに思えて仕方ない。 ましてや、まだ、切り裂かれた傷跡は、疼くのに。 大切な大切な大切な優しい穏やかな眼差しを喪った痛みは、まだ、まだ、まだ、まだ、当分、癒えそうにないのに。 もうどこにも三代目は居ないのだ、と、思い知る度に、痛むのに。 --------これ以上は嫌だ。 『‥‥‥イールカ先生』 『カカシには、近付くな。自分の身が可愛ければ、絶対に、近付くんじゃないよ』 強く美しい火影の言葉が、救いのように、頭の中で、響いた。縋ってしまおうか、と、イルカは惑う。 『‥‥‥イールカ先生』 『カカシには、近付くな。自分の身が可愛ければ、絶対に、近付くんじゃないよ』 火影の言葉だ。 命令ではないけれど。 里の最高権力者の言葉だ。 従っても当たり前の、力有る、言葉だ。 けれど。 けれど。 けれど。 『‥‥‥イールカ先生』 どこまでも明るく気さくに掛けられる声は。 火影の言葉より、強く、強く、イルカの中に残っている。 「‥‥‥‥‥‥」 どうしようもなく。 残っている。 そして。 「‥‥‥‥‥‥」 会いたい、と、思う。 無事で、と、祈る。 願う。 強く。 どうしても。 願ってしまう。 「‥‥‥‥‥‥」 イルカは、ごろり、と、床に倒れた。 そして、丸くなって、小さな声で、呼んだ。 「‥‥‥‥‥‥か‥‥‥かし‥‥‥さん」 いまは遥かに遠くに居る人を。 会ってはいけないと言われながらも会いたいと思ってしまう厄介な人の名を。 「‥‥‥‥‥‥早く、帰って‥‥‥来ないかなぁぁ」 実は、いま、まさに、最大級の危険を回避したとも知らず。 イルカは、ただ、ただ、無防備に、丸くなって転がっていた。 そして、ごろごろごろごろ転がりながら、考えることに疲れて、考えることを放棄して、目を閉じた。
|
●地図●
menuに戻る。