自業自得と人は言う。
ムーン・パウダー ‥‥‥‥‥‥2
カカシは腐っていた。 とことんまで腐っていた。 そのまま土になってしまいそうなほどに腐っていた。 そこら中の木々をなぎ倒したくなるほどに腐っていた。 八つ当たりの対象を求めてしまうほどに腐っていた。 カカシがそこまで腐っている、つまり、拗ねているのには、きちんとした理由があった。いかに、我侭で鬼畜で人外過ぎる、と、上忍仲間にさえ嘆かれるカカシだとて、理由もなくそこまで腐ることはない。いや、むしろ、ここまで腐ることの方が珍しいとも言えた。 なにせカカシは我侭で鬼畜な上忍なので。 子供たちの前ではとりあえずの猫を被ってはいるものの、その他の所では、けっこう、やりたい放題している。 よって、拗ねる必要も、腐る必要もなかったのだ。 だが、それも、昔の話しである。 昔を知る者の誰もが認めていないし、信じて居ないが、カカシは、自分が昔の自分とはまったく違う生き物だと思っていた。 月明かりも星明かりもない闇夜を駆け抜ける日々は変わらないが。 血生臭い任務の内容も変わらないが。 一つだけ決定的に違うものがある。 闇夜を駆け抜けるカカシの胸の奥に、確かに、譲れない大切なものがあった。 --------うみのイルカ。 その存在が、カカシを、まったく別の生き物に変えていた。 少なくとも、カカシは、そう、思っている。 誰もが気の迷いだと、あるいは、いつもの気紛れだと思っているが。 カカシだけは、気持ちの真実を認めている。 そうでなければ、どうして、こんなに、苛立つのか。 そうでなければ、どうして、こんなに、凶暴な気持ちになるのか。 たかが、一週間。 特に大した意味などない、誕生日に、帰れなかったからといって、苛付く理由などないのだ。 いまだとて、カカシは、自分の生まれた日に意味など見出していない。 けれど、苛付く。 間に合わなかったことがむかついて仕方ない。 いらいらする。 邪魔をする奴等を殺してやりたくて仕方ない。 折角、準備したのに。 なにもかも揃っていたのに。 邪魔されて面白くない。 ものすごく楽しい計画だったのに。 誕生日おめでとう、と、初めて、自分で自分を祝う気になったのに。 どうして、誰もが邪魔するのか。 『‥‥‥あんた、馬鹿?』 『‥‥‥おめえ‥‥‥ほんとーに鬼畜野郎だな』 うるさい。 うるさい。 むかつく。 なにが悪いんだ。 誕生日には欲しいものをねだって良いのだと聞いた。 贈り物を貰えるのだと。 だから、用意しただけじゃないか。 誰の手も煩わせず、自分の手で。 なのに、どうして、なにがいけなかったのか。 可愛い、優しい、暖かいあの人を。 堪能しつくすつもりだったのに。 あの人を繋ぐ鎖も。 あの人に飲ませる媚薬も。 とびきり上等な物ばかりを用意したのに。 『‥‥‥貴様は、しばらく、イルカの周囲に近寄ることを禁止する』 なんでそうなるのか。 婆め。 若作りお化けめ。 火影だからって好き勝手しやがって。 『ついでに、しばらく、外回りして来い』 折角の誕生日なのに。 欲しいものをねだれる折角の機会だったのに。 まったく、ついていない。 --------理不尽だ。 「ああ、早く、会いたいなぁ」 夜の闇を駆け抜けながら、カカシは、ぼやいた。 そして、不意に、立ち止まり、にやりと笑った。 血が滴り落ちるような顔で、嬉しそうに。 「面白そうなの、みーつけた」 その弾む声は、子供が玩具を見付けた時の声と似ていた。 けれど、けた違いに性質が悪かった。 そして、見付けられた者には不幸なことに、そこには、止める者は誰も居なかった。 「やーつーあたりーは、たのしいなー」 最悪なご機嫌ソングを残して、カカシの姿は、夜に溶けた。 正確には、八つ当たり相手を求めて、ケダモノが解き放たれた。
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