良く分からないけれど、なんとなく、気持ちが向くのは‥‥‥。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

ーン・パウダ ‥‥‥‥‥‥1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな夜、そろそろ眠ろうかと思いつつ、イルカは、思い出す。風呂に入ったばかりのほかほかの体を、畳の上に投げ出して、つらつら、思う。

 思うのは、いま、とびきりのランクの任務に就いている上忍のことだった。

 髪は逆巻き銀髪。

 目は深く濃い黒と見まがう濃紺。

 けれど、日に当たると青く深く輝くことをイルカは知っている。

 そして、その目がいつだって楽しそうに細められていることも。

--------けれど、彼が、そんな顔をするようになったのは、いつからだっただろうか。

 最初は、うん、まあ、教え子の元担任だからと、普通に。

 途中で、言い争った後は、顔を見ないようにしていたから、分からない。

 そして、それからしばらく経ってから、あの人の言うことが正しかったと実感して、謝罪して‥‥‥でも、それからしばらくは、ひどく忙しくて、色々なことがあって、ひどく哀しいこともあって‥‥‥やはり、まともに顔を見なかったように思う。

 通りすがりに見掛けた気はするけれど。

 けれど、それからしばらくしてから‥‥‥。

 里が落ち着いて来たら‥‥‥。

 なんだか、いつのまにか、あの人は側に居た。

 あの人が、里に居る時は、飲みに出掛けるのもいつものことになっていて。

 ひどく間近に、ご機嫌な時の猫のように、細めた目があった。

--------それは、ひどく、不思議なことだった。

 彼は、上忍だ。

 それもとびきりの。

 里の宝だ。

 望んで得たアカデミー教師という役目を、卑下するわけではないが、そんな上忍とアカデミー教師が、仲良く話すことなどあり得ない。合間にある階級差は、あまりにも深く、埋めがたいものだ。

 現に、あの人と気軽に話しをしているイルカを、同僚たちは酷く心配している。

 上忍は素晴らしい。

 だが、上忍は、強さと引き替えに、なにかを喪った人が多いからだ。

 なによりも、彼は。

 二つ名を持つ里の宝は、柔和な物腰や、子供たちの感想からは、到底想像がつかないほどに、評判が悪かった。

 鬼。

 悪魔。

 外道。

 変態。

 おいおいおいおい、と、イルカが突っ込みを入れたくなるほどに、その評判は散々だった。特に、おいそれと明かされるはずのない暗部時代の噂が酷かった。

 だから、イルカは、その噂のほとんどが、暗部という、誇りであり、エリートであり、けれど、畏怖の対象である存在に対しての、複雑な思いが溢れた結果だと思っている。

 なぜなら、酷い評判と同時に、

 里の誇り。

 里の宝。

 里一の業師。

 上忍の中の上忍。

 と、褒め称える言葉も聞こえるからだ。

 それに、なによりも、イルカは、子供たちの言葉を信じている。

 子供は馬鹿じゃない。

 まっすぐな目で肩書きなどに騙されないで大人を鋭く見抜く。まあ、時には、騙されてしまうこともあるかもしれないが。

 四六時中一緒に居て、様々な突発的な事態を一緒に過ごしていながら、騙しきるのは、ひどく、困難なことだ。

 だから、きっと、彼は、悪い人ではないとイルカは信じている。

 いや、信じたい。

 にこにこご機嫌そうに笑っていて。

 上忍なのに、ひどく、気さくで。

 一緒に居て心地よい人だから。

 きっと、良い人だと思いたい。

 けれど、イルカは、どうしたら良いのか分からない。

 信じたいのに、疑惑が生まれて、哀しい。

『カカシには、近付くな。自分の身が可愛ければ、絶対に、近付くんじゃないよ』

 分かったな、と、念を押したのは、里の要。

 美しく強く人使いが荒いと評判の火影様だった。

 突然呼び出されてどうしてそんなことを言われたのかイルカにはさっぱり分からない。上忍と気軽に仲良くするな、という、意味合いではないことぐらいは分かったが‥‥‥だが、しかし。

 自分の身が可愛ければ?

 つまり、近付くとイルカになんらかの危害が加えられるということだ。

 少なくとも火影が忠告するほどにその危険が高いのだろう。

 だが、しかし。

 だれが。

 なんのために?

「‥‥‥‥‥‥あー、分からん」

 いっそ、本人に聞いてみようか、とも、思うが。

 そんなことをしたら、あの気さくで優しい人を、傷つけてしまう気がして、決心がつかない。

 それに、いまは、この里のどこにも居ない。

 どこに居るかなど、イルカには、掴めるはずがない。

 いつ帰って来るのかも。

 イルカは、深々と、吐息を吐き出した。

 そうして、いつまでもこうしていても仕方ないと起き上がり、不意に、なんとなく、カーテンを開けた。

 今宵は満月で、夜空には、丸々とした月が浮かんでいる。

 月は‥‥‥。

 月は‥‥‥。

 イルカはあまり好きではない。

 あの夜を、思い出すから。

 けれど、イルカは、覚えている。

 あの夜が来る前は、イルカは、月がとても好きだった。

『‥‥‥イルカ、あのな、これは内緒の話しだけどな‥‥‥』

 月には、懐かしい思い出がある。

 喪ってしまった優しい声が、語る、物語が。

 それは、いまでは、荒唐無稽な物語だと分かっているけれど、昔昔は、本当だと思っていた。

 真剣な顔で、父親が語るから。

 内緒だぞ、と、酷く真面目に約束を交わしたから。

 だから、本当は、ちょっとだけ、いまも、信じたいと思うこともある。

 月には。

 夜空に浮かぶ月には。

 忍術とはまったく違う、不可思議な術を使う、神様に近い人たちが住んでいるのだと。そして、彼らは、満月の夜、気紛れに地上を見下ろして、気紛れに願いを叶えてくれるのだと。

--------そんなことあるわけがない。

 イルカは、そう、分かっている。

 満月を見る度に、昔昔、どれだけに願っても、何一つ、願いが叶わなかったから、良く、知っている。

 けれど、

 けれど、

 どうしてか、久しぶりに、願いたくなった。

 馬鹿だと思うのに。

 いま、どこに居るか分からない人の為に。

 イルカでは想像も付かない難易度の高い任務に就いてる人の為に。

「‥‥‥‥‥‥無事に帰って来ますように」

 手を組んで目を閉じて小さな声で、イルカは願った。

 強く、強く、願った。

 

 

 

 

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