獣の恋-4

 

 

 

 

 

 目が覚めた途端、イルカは、すぐ間近に人の体温を感じて、飛び起きようとした。

 だが、できなかった。

 ぱん、と、軽い紐が張る音がして、手足に軽い衝撃が加わった。イルカの手足は、ある程度動けるようにはしてあったが、間違いなく、縛られていた。そして、縛られているだけではなくて、目隠しをされて、猿轡までされていた。

(‥‥‥なにが)

 状況を把握しようとして、イルカは、思い出した。

 過度の悦楽を与えられて気を失う前の記憶を、ぼんやりと。

(‥‥‥うそだ)

 記憶はあまりはっきりとしたものではなかった。

 だが、なにもかもが悪夢であればいい、と、強く願ったことは良く覚えていた。

(‥‥‥どうして)

 けれど、相変わらず、イルカは、いま、どうして、自分がこんな状況に陥っているのかが、分からなかった。なにもかもが、突然で、唐突で、繋がっていなかった。

 あるいは、どこかに記憶の抜けがあるのかもしれない。

 だが、イルカが覚えている限り、里外に出るような任務を受けた覚えはないし、誰かにこんな嫌がらせをされるほど憎まれて‥‥‥いや、憎まれる覚えはある。根深い恨みを抱く者は、まだ、たくさん居るであろう。

 金色の子供を慈しんだイルカを、恨んでいる者は、まだ、居るのだ。その数は、大分、少なくなってはいるが‥‥‥消えることはない。だが、しかし、それはイルカも自覚して、気を付けていたことだ。

 こんなことをしでかすほどの不穏な気配は無かったはずだ。

 アカデミーと受付所と五代目の執務室を往復するいつもの日々が、続いていたはずだ。

 慌ただしく、だが、愛おしい日々が。

 なのに、なぜ、自分は。

 こんな所に居るのか。

(‥‥‥わからない)

 そもそも、いま、自分の後ろに居る者は誰なのか。

「‥‥‥おはよう、イルカ。今日も可愛いね」

 飛び起きようとして失敗したイルカは、再び、寝台の上に転がっていた。そんなイルカを、何者かは、さも親しいかのように名前を呼び、腰に手を回した。そして、当たり前のように、項垂れているモノを布越しに掴んだ。

「あれ、立ってない?‥‥‥昨夜、抜きすぎたかな」

 イルカは、悲鳴を上げたかった。

 項垂れているモノを捕まれたのが、ショックだったのではない。

 いや、それも、勿論、嫌だ。

 だが、それよりも、背後から覆い被さる男が、後ろから押しつけるモノの堅さと熱さが、恐ろしかった。男は、勃起していた。朝の生理的なものもあるかもしれないが、たぶん、それだけではない。

 男は、昨夜、イルカを犯した。

 つまり、男は、イルカに欲情できる性癖を持っているのだ。

『‥‥‥可愛い、可愛いよ、イルカ。もっと腰を振ってごらん』

 粘着質と呼ぶことさえ可愛らしく感じられるほどの、凄まじく淫らで嵐のように激しかった昨夜を思い出して、イルカは、背筋を震わせた。     

 恐ろしかった。

 イルカは、心底、見知らぬ男が、恐ろしかった。

「‥‥‥ん、気持ちいい。イルカのは、気持ちいいよね」

 男の手が、着せられていた服、恐らくは、浴衣か着物のようなモノの隙間から、するりと中に入り込んだ。そして、うなだれたまま、萎縮したままの、イルカのモノを、刺激しはじめた。

「‥‥‥小さくて、ピンクで、可愛いよね。食べちゃいたいぐらい可愛いよね」

 侮辱された、と、怒るべきようなことを、耳元で、囁かれた。だが、イルカは、声を上げる所か、身動き一つ取れなかった。

 恐ろしかった。

 イルカは、心底、背後に居る男が、恐ろしかったのだ。

 気に入らない動きをすれば、なにをされるか分からなかった。いま、男が囁いたように、性器を喰われても、不思議ではない。

 こんなことをするような男だ。

 頭がおかしいのかもしれない。

 だが‥‥‥。

 恐らく、いや、間違いなく、忍び、しかも、上ランクの忍びだ。

 イルカは、覚えている限り、里に居た。

 里は、三代目を失った木の葉崩しを体験してから、警備を強化している。

 里内の規制も厳しくなっている。

 ましてや、里の中枢とも言うべき、アカデミーと火影の執務室に出入りしているイルカが行方不明となれば、確実に、里が、動く。

 なのに、男は、そんなことを気にしている素振りもない。

 それは、つまりは、男が、追っ手を気にしないでいられる程度のレベルである可能性が高い、ということだ。だが、確かなことは、イルカには、まだ、良く分からない。

 様々な可能性があった。

(‥‥‥どうすれば)

 どう動けば良いのか、イルカには、分からなかった。

 可能性ばかりがあって、そのどれもがまともなものではない。なによりも、後ろに居る、イルカに欲情する男が、まともではない。

「‥‥‥ああ、可愛い」

 明らかに息を乱して、男は、イルカをひっくり返す。

 そして、少しだけ動けるようになっている足を、大きく、広げられた。

「‥‥‥かわいい」

 イルカは屈辱的な姿勢を取らされた。

 だが、そのことに抗議することも、逆らうこともできずに、されるがままになっていた。 そうするしかなかった。

 昨夜の行為のせいで、腰から下は、ほとんど感覚が無かったからだ。

「‥‥‥かわいい」

 けれど、男が、息を荒くして、項垂れているモノを舐め始めれば、さすがに、分かった。 分かりたくなかったけれど、分かった。

「‥‥‥んーっっ!」

 イルカは、無駄だと分かっていても、声を上げた。

 上げずには、いられなかった。

 舐められるのも嫌だが、それよりも、嫌な感覚がしたのだ。

「‥‥‥かわいい‥‥‥すごい‥‥‥おいしい‥‥‥」

 頭の悪い気持ち悪い言葉を聞きながら、イルカは必死に耐える。

「‥‥‥んー、んー、んーっっ!」

 僅かに動く、手足をばたつかせて、暴れる。

「‥‥‥イルカ?」

「‥‥‥んー、んー‥‥‥」

 ほんの僅かに反応を見せたモノを、男は掴んだまま、不思議そうにイルカの名前を呼んだ。

「‥‥‥どうしたの?」

 答えたくても、イルカの口は塞がれている。

 せっぱ詰まっていても、どうにもならない。

「‥‥‥体が辛いのかな?」

 それもある。

 けれど、それだけじゃない。

「‥‥‥んーっっ!」

 イルカは、首を横に振った。

 イルカに許された意思表示は、それぐらいしかなかった。

「‥‥‥舐められるのがいや?」

 嫌に決まっていた。

 気持ち悪かった。

 だが、それを伝えることは、あまりにも危険が高かった。

 だから、仕方なく、イルカは首を横に振った。

「‥‥‥んーと。と、言うことは‥‥‥」

 男は、ぐにぐにとイルカのモノをいじりながら、考え込んだ。

 触るな、と、イルカは叫びたい。

 だが、男は、容赦なく、当たり前のように、イルカのモノを扱く。

「‥‥‥んー、んー、んーっっ!」 

 限界が近づいていた。

 もう、本当に、せっぱ詰まっていた。

 出してしまいたかった。

 けれど、それだけは、それだけは、嫌だった。

「‥‥‥あ、もしかして‥‥‥お手洗いに行きたいとか?」

 イルカは、頷いた。

 そして、期待した。

 男は、おかしい。それは間違いない。だが、イルカに、なぜか、執着しているようだった。拘束はされているし、犯されもしたが、拷問されたわけではない。ならば、ある程度の譲歩は引き出せるのではないかと、期待した。

「‥‥‥‥‥‥」

 だが、男は、沈黙した。

 イルカのモノをいじることもどうしてかやめない。

 そのまま出したら、寝台は勿論、男も汚すことになるというのに。

「‥‥‥飲みたいかも」

 ぽつり、と、漏らされた言葉は、イルカの想像を遙かに超えていた。

「イルカのおしっこなら‥‥‥飲みたいかも。ねえ、出して。イルカが、おしっこする所、見たい」

 男は、おかしい。

 本気で、心底、おかしかった。

「‥‥‥んー、んー、んーっっっ!」

 イルカは、暴れた。

「‥‥‥いや?」

 イルカは、頷いた。

「‥‥‥飲んだら駄目?」

 イルカは、頷いた。

「‥‥‥ここで出すのもいや?」

 イルカは、頷いた。

 必死に、ただ必死に、頷いた。

「‥‥‥んーと、仕方ないなあ」

 男は、しばし、考えてから、イルカを抱え上げた。

 そして、少し歩いて、なにかの扉を開けて‥‥‥。

「はい。‥‥‥出していいよ」

 抱え上げたまま、イルカに子供がおしっこをするような格好をさせて、いとも簡単に当たり前のように告げた。

「‥‥‥‥‥‥」

 イルカは、固まった。

 本当に、どうしたら良いのか、分からないまま、固まった。

「‥‥‥どうしたの?ほら、我慢しないで、出して。可愛い所を、俺に、見せて」

 できるわけがなかった。

 したくなかった。

 そんなことできるわけがなかった。

 どうしても、したくなかった。

 だが、もう、限界だった。

 本当に、もう、限界だった。

 ましてや、我慢の限界を迎えて震えているモノを、いじられては。

 もう、駄目だった。

--------びゅくん。

「‥‥‥あ、やっと、出たね」

 イルカは、屈辱に震えながら、男に抱え上げられたまま、放出した。

「‥‥‥ふふ、やっぱり、鏡があるこっちに連れて来て良かった。イルカの可愛い姿が、ようく見える。残念だな。イルカにも見せてあげたいねぇ」

 かがみ。

 こっち。

 どういう意味か、イルカは、考えたくもない。

 知りたくもなかった。

 だが、男は、聞きたくないことを、べらべらと機嫌良く喋った。

「‥‥‥鏡にね、可愛いイルカの可愛いモノが、綺麗に映っていたよ。おしっこする所も、良く見えたよ。下の可愛い小さいお口をぱくん、と、開けて、出す所も、全部。可愛いよねぇ。イルカは、どこもかしこも全部、可愛い。お利口さんだよねぇ」

 手放しで褒められても、イルカは少しも嬉しくなかった。

 悔しく、虚しく、憎いだけだった。   

「お利口さんには、ご褒美をあげないとね。ねえ、イルカ」

 どうして。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

「いま、綺麗にしてあげるから、ちょっと待ってね」

 羽織っていた衣服を取り除かれた。

 どうせ、また、犯されるのだろう、と、イルカは思った。

 だが、男は、イルカと一緒にシャワーを浴びただけだった。

「イルカは、お風呂が好きなきれい好きだもんね。ちゃんと綺麗にしてあげるから、心配しないでいいからね」

 なんだか、おかしかった。

 男は、本当に、行動の予測ができなかった。

 なにを考えているのか、分からない。

「さて、よい子にはご褒美だね。よい子にしていると約束をするのなら、腕を片方外してあげる」

 イルカは、どう反応して良いのか分からなかった。

 それがなにを意味するのか必死に考える。

 だが、分からない。

「ただし、その腕は、別のことに使ったら、駄目。その可愛い腕は、俺の背中に回す時だけ使っていいよ。目隠しとかを取ろうとしたら、お仕置きするからね」

 分からない。

 本当に、分からない。

 ただ、このまま行けば、片腕だけでも自由になるというのならば、嬉しかった。

 だから、イルカは、頷いた。

「よい子にしてる?」

 男の言うお仕置きとやらは、なにか不穏なものを感じたが、考えないことにした。

 そして、男が、左腕を縛り付けているモノを取り外すのを、感じていた。

 嬉しかった。

 本当に、嬉しかった。

「‥‥‥嬉しい?」

 だから、つい、うっかりと頷いた。

 なにも考えずに、頷いた。

 そして、頷いてから、少し、動揺した。

 自由になるのを喜ぶのは当然のことだが、自由を奪った相手にそのことを教えるのは、危険なことではないだろうか。

 ましてや、相手は、まともじゃない。

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥そっか。良かった」

 だが、反応は、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。

 むしろ、どこか機嫌良くさえあった。

 どうしてそんなに機嫌が良いのか、イルカには、分からない。

 まったく、なんにも、分からなかった。

 ただ、どうしてか、ひどく不安な気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

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