‥‥‥‥‥‥‥kokuhaku

 

 

 転んでも、負けない。

 泣いても、歩く。

 ‥‥‥そうしないと追いつけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 告白

 

 

 

 

 

 

 

「好き」

 静かな室内に、高らかに、声が響いた。

 柔らかな、けれど、凛とした強さのある声には、途方もない決心が詰められている。だが、それに応えるべき人物は‥‥‥。

「‥‥‥‥‥‥」

 哀しいかな、まったくの無反応だった。

 だが、そこで負けては駄目だ。

 絶対に負けるものかぁ、と麻衣は、気合いを入れた。

 目の端には涙がちょっと滲んでいたが。

「大好き」

 つづけて、もう一つ。

「いっちばん大好きなんですけどっっ」

 返事しやがれこの野郎、な気持ちを混ぜて叫ぶ。

 それでようやく顔を上げた敵は、憎らしいほど、無表情だ。

「うるさい」

 しかも返答が、一言で、しかも冷たい。

 麻衣は、もう、本当に、泣きたくなった。

 こういう人だと分かっているけど、もう、やだ。

「‥‥‥ナルの馬鹿」

「馬鹿に馬鹿と言われたくない」

「‥‥‥ナルの大馬鹿」

「‥‥‥」

 呆れ果てた吐息が返ってきて、麻衣は、いっそう、哀しくなった。

「‥‥‥気合いを入れて玉砕覚悟で告白したんだから、返事ぐらいしてよね」

 ぼやくように呟いて、目の縁を拭う。

 泣きたくはなかったが、勝手に流れてしまうのは仕方ない。

「‥‥‥なぜ?」

 しかも本当に不思議そうに聞かれたら、もう、泣くよりも、自分の趣味の悪さを呪うしかない。どうしてこんな奴、と叫びたい。諦めたい。でも、できないのは、どうしてだろうか。

「‥‥‥ほんとーに、わたしに興味ないんだね。分かってたけど‥‥‥」

 麻衣は、吐息を深々と吐き出した。

 そして、立ち上がる。

--------一緒に居るのは、もうやだ。

 だが、どこにも行けなかった。

「質問に答えろ」

 麻衣は、とりあえず、逃げたかった。

 しかし凄まじい重圧に足が竦んで、逃げられなかった。

 だが、考えれば考えるほど、むかつく。

 第一、どうして、恐がらなくてはならないのか。

 麻衣は、ぎっ、と睨み返した。

「そんな質問に答えられるかぁっっ。自分で考えてよねっっ」

 告白に返事を返すのはなぜかなんて、ばかばかしくて答える気にもなれない。

「もういやっっっ。もう、絶対に、絶対に、ナルなんか嫌いになるんだからっっ」

 絶叫して、麻衣は、今度こそ、出ていこうとした。

 だが、今度は、腕が掴まれた。

 強く、強く、痛みを伴うほどに。

「‥‥‥なにをそんなに興奮しているんだ。わけの分からないことを叫んでいないで、説明しろ」

 麻衣は、もう、どうして良いのか分からない。

 泣きたい。

 叫びたい。

 いや、もう、蹴りたい。

「放してくれないと、蹴るよ」

 麻衣は、本気だった。

 だが、ナルも、本気だった。

「好きにすればいい。‥‥‥できるならな」

「‥‥‥う‥‥‥ひゃあぅっっっ」

 麻衣は、バランスを崩して、ソファに倒れ込んだ。

 本気で蹴ってやろうとして浮かした右足を、左足と一緒にすくわれるようにして、持ち上げられて、ソファの上に落とされたのだ。‥‥‥と、理解したのは、落とされてしばらく経ってからだった。

「‥‥‥な、なにするかなぁっっ」

「ソファの上に落ち着かせた」

「‥‥‥な、なんでそんなことするのよっっ」

「したかったから」

 もういやっっっ、と麻衣は、顔を覆った。

 話したくない。

 見たくない。

 聞きたくない。

 麻衣は、背中を丸めて、すべてを遮断する。

 だが、ナルは、そんなことは許してくれない。

 告白の返事一つしてくれないくせに。

「‥‥‥それで、一体、なんなんだ?」

 麻衣は、無視した。

 けれど、感じていた。

 柔らかく頭を撫でる掌の暖かさを。

--------どうして。

「‥‥‥なんで、そんなことするの?興味ないなら、放っておいてよ」

「どこをどう繋げたら、そういう結論になる?」

「‥‥‥告白したのに‥‥‥返事もしてくれないくせに」

 逃げたいのに逃げられず、本当は逃げたくないと思っているから、なおさらに性質が悪い。掌の暖かさは、反則だった。

「告白?」

「‥‥‥好きって言ったのに」

「‥‥‥」

「‥‥‥大好きって言ったのに」

 哀しくて悔しくて思い出すと涙が滲む。

 すごく勇気が必要ですごくどきどきしてすごく恐かったのに。

 なのに‥‥‥。

「どう返事をしろと言うんだ。分かり切っていることなのに」

「‥‥‥はあ?」

「おまえが僕のことを好きなのは分かっている」

「‥‥‥」

 めらめら、と胸の奥から、炎が燃え上がるのを麻衣は感じた。

「だったら、さっさと返事してよっっ!嫌いなら嫌い、興味ないなら興味ないって言ってよ!」

「なぜ?」

「なぜじゃない!告白に返事するのは当然っっ!」

「‥‥‥必要がないだろう」

「ありますっっ!」

 絶叫した麻衣を見下ろして、ナルは、不可解な生き物を見るような顔をしている。言葉にするなら、なにを言って居るんだこいつは、という顔である。

「‥‥‥さっきから、なにを言っているんだ?第一、どうして、いまさら、告白などするんだ?」

「‥‥‥」

 言葉が通じない奴相手には言うだけ無駄だ、と麻衣は諦めた。

 だが、そんな麻衣を見逃してくれるナルではない。

「なにがそんなに不安なんだ?」

 不思議そうな、けれど心配そうな、微かな揺らぎが声に混じった。

 麻衣は、目を、瞬いた。

 そして、伸ばされる指が、頬に触れるのを、感じた。

「‥‥‥ナルは、わたしのこと嫌い?」

「そんなことを言った覚えはない」

「‥‥‥ナルは、わたしに興味がない?」

「愚問だな」

「‥‥‥ナルは、わたしのことが好き?」

「どうして、そんな、当たり前のことを聞くんだ?」

 麻衣は、目を見張った。

「‥‥‥当たり前なの?」

「当たり前だ。どうして、いまさら、そんなことを聞くんだ。まったく、おまえは、訳が分からないな。寝惚けているのか?」

「‥‥‥ひどい」

「泣くな」

 なんかおかしい、と麻衣は思った。

「‥‥‥ごまかしてる」

「‥‥‥だから、一体、なんなんだ?」

「だって、私、告白したよ?ナルが好きだって心を込めて言ったのに‥‥‥」

 ナルは、しばし、沈黙した。

 そして、まさか、と小さく呟いてから、深い深い吐息を吐き出した。

「‥‥‥馬鹿だと思っていたが‥‥‥ここまで馬鹿だとは思わなかった」

 ぼやきと共に、麻衣の上に、ナルがのしかかる。

 重い、と文句を言うが、ナルは退かない。

「‥‥‥この部屋に入り浸っているくせに、そんなことも分からなかったのか」

 疲れ果てた感じの問いかけに、麻衣は、一瞬、言葉を無くした。

--------確かに。

 始まりの言葉はなにもなくて、ただ二人で居る時間が増えて、ナルの部屋にも入り浸るようになっていた。たまにキスもするし、当たり前のように自然に、一緒に居た。

 人を領域に入れることを極端に嫌うナルが、側に居ることを許してくれた時点で、確かに、それは、答えだったのかもしれない。

 だが、確たる証が欲しかった。

 足下がぐらぐらしている気がして恐かった。

 だから、勇気を振り絞ったのに‥‥‥。

「‥‥‥言葉にしないと分からないこともあるんだよ」

「僕は分かっていたが?」

「‥‥‥ナルは、分かりにくいもん。しかも、告白しても分かってくれないくらい、鈍いしっっ。言葉通じないしっっっ」

「おまえの言い方が悪いんじゃないか?」

「‥‥‥ああいえばこういう」

 麻衣は、もう、諦めた。

 ついでに、返事をまともにするつもりがないことにも気が付いた。

--------ひねくれ者めっっっ。

 だが、このひねくれ者が好きなのだから、仕方ない。麻衣は、様々な気持ちを込めて、吐息を吐き出した。

 そして、言葉よりも態度で示す、途方もない言葉足らずな愛しい人を見上げて、ねだる。

「‥‥‥私のことが好きなら、キスして」

 答えは‥‥‥。

 柔らかく降り注ぐキスが、教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

end

 

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